大沢常勤監査役は、
「明日、僕と下田監査役は監査役会議のため東京に出張します。日中は不在となりますが6時過ぎには戻って来ますので、明日は石野専務にも加わってもらって、この場所で話し合いをしたいのですが、皆さんそれで良いですか」
と尋ねると、全員が相槌を打って応じた。
それを見て大沢は、
「一寸気になることがあるんですよ。非常勤監査役の明和生命(明和生命はこの年の1月に友田生命と合併して明和友田生命となる。しかし維新銀行内部では明和生命と旧名称で呼んでいた)の木村社長に先月電話して、5月19日の監査役会議の日程を打ち合わせた時、5月21日の臨時決算取締役会議への出欠を問い合わせたところ、『出席します』と返事を頂いたのですが、5月の連休明け後、『急用が出来たので5月21日の会議には出席出来なくなった』と、秘書を通じて連絡して来ました。
その時は、『木村社長は合併した新会社の社長となり、忙しくなったために断って来たのだろう』と思っていたのですが、この様な事態を目の当たりにすると、今回急遽欠席の通知をして来たのは、谷本相談役が欠席を根回ししたのだと強く思うようになりました。
その理由の一つは、谷野頭取交代にともなう役員同士の赤裸々に対立する場面を外部の者に見せたくない。二つ目は、この対立が第五生命の山上外務員の保険勧誘に起因していることを知れば、非常勤監査役の木村社長としても、『競合する第五生命の保険勧誘に維新銀行の多くの役員が協力していたことを知ると見過ごせない立場に立つ可能性があること』を恐れたからだと思われます。本来外部監査役の役割は、会社ぐるみの違法行為を監視するための制度であるにも関わらず、急遽欠席するようになったのは、恐らく『谷野頭取更迭計画』が進行していることを知らない木村社長が、谷本相談役の要請に応じたのだとは思います。そうは言ってもこれが外部監査役制度の限界かもしれません。
しかしたとえ彼らが数の暴力で、『正義のない谷野頭取の更迭』を成功させても、行内の良識ある行員は面従腹背するだけで、彼らのやることは心底から認めないと思います」
と話した。
その後、栗野会長の後任人事の報告や、谷野頭取罷免動議が可決された場合の後任に、誰を候補とするかなどの対抗策を講ずる話し合いが続き、時計の針は11時を過ぎていた。
最後に頭取の谷野が、
「それでは明日石野専務にも加わってもらって、最終的な打ち合わせをしたいと思います」
と述べて、重苦しい雰囲気に包まれた会議はやっと散開となった。
もし木村非常勤監査役が5月21日の臨時決算取締役会議に出席していれば、事態は大きく変わっていたかもしれない。しかし因果応報と言うべきか、その年の秋、明和友田生命は保険金不払い事件が発覚し、翌年木村社長は責任を取って社長を辞任すると共に、内定していた保険協会会長への就任も辞退することになる。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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