続けて石野は、
「さすがの谷本頭取も、組合出身の取締役のなかから頭取を選ぶわけにいかなかったのでしようね。それで谷野専務を頭取に指名し、その監視役として栗野専務を会長に据えたのでしょう。
しかし谷野頭取が思い切って赤字決算をして、長年の懸案だった不良債権処理してしまった。また金融庁の検査も無事に乗り越え、維新銀行は谷野頭取のもとで業績を急回復させもした。ついには維新銀行のなかでは、いわば獅子身中の虫であった第五生命の山上正代外務員と、組合出身の取締役との癒着にメスを入れ始めた。その動きに慌てた谷本相談役が『谷野頭取交代』のクーデターを企てたわけです。
そこで、保険には手を染めてはいるが、消去法で組合出身でない古谷取締役を次の頭取候補に擁立しました。しかし谷野頭取と比較すると古谷取締役はあまりにもスケールが小さいので、それをカバーするために、『若返り』を前面に打ち出して行内外にアピールする作戦を立てた、と言うのが筋書きですね。そう言われればわかりやすいのですが、外部の人はどう見ますかね。どんなに取り繕っても、『これはクーデターだ』と見るのではないですか」
と、皮肉を込めて言った。
東京での監査役会議を終えた大沢監査役が戻って来たことが伝えられると、川中常務を除く本部役員が頭取室に集まって来た。木下取締役が最後にドアにロックをして入って来ると、応接室にはすでに谷野頭取、石野専務、大沢監査役、梅原取締役、小林取締役の5名が待っていた。
頭取の谷野が、
「昨日に引き続いてお集まり頂き、誠に申し訳なく思っています。今日は、昨日皆さんからお話がありました通り、石野専務にも加わって頂きました。いよいよ明後日に迫った経営会議と取締役会議をどのように乗り切って行けば良いのか、皆さんのご意見を伺いたいと思います」
と切り出した。
すると最後に入って来た木下が、
「今まで本店営業部長の大島取締役と話をしていました。私が『あなたも谷野頭取に退任を迫るグループに入っているが、なぜ谷野頭取を退任させなければならないのか、その理由を聞かせてほしい』と聞くと、大島取締役は、『昨年の8月に起こった不祥事件以来、行内の風通しが悪く今の頭取のもとではやっていけない。ちょうど谷野頭取が任期満了を迎えるので退任してもらって、新しい体制でスタートした方が良いと、みんなの意見が一致して決まった』と言うので、私が、『そんな理由で頭取に交代を求めるなんて非常識も甚だしいのではないか。もし風通しが悪いと言うのであれば、谷野頭取に意見を具申するのが取締役ではないですか』と問うと、大島取締役は、『それだけが理由ではない。実は当店の優良顧客で、西日本中心に冠婚葬祭業を営んでいる社長と面談した折、谷野頭取は腕組みをしたまま、社長の顔を睨みつけるような態度を示した。これを見た時、この頭取では維新銀行は駄目だと思ったから、退任してもらうことに賛成したんだ』と、呆れて物が言えない様な屁理屈を持ち出してきました」
と語った。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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