木下取締役の話を聞いていた大沢監査役は谷野の顔を見ながら、「その企業は新海峡駅前で葬儀場建設を巡って、長年住民とトラブルになっている会社ですよね。それで木下君は大島取締役に対して何か言ったの」
と聞き返して来た。
木下は、
「それを聞いて私も言いました。『確かに顧客の前で腕組みをするのは良くないと思いますが、ただ先方の社長も企業エゴを剥き出し、谷野頭取に対して失礼な態度を見せたのではないですか』と尋ねると、『たとえそうであっても、営業部の大切な顧客に対して頭取の態度は失礼ではないのかね』と言い返してきました。そこで私が、『その企業は葬儀場建設に伴う周辺住民とのトラブルや、募集によって集めた前受け金の返還で会員とトラブルなどが多発している企業ではないですか。維新銀行はたとえ民間銀行であっても、公共性があります。それなのに大口取引先だからと言って企業側の肩を一方的に持つことは許されません。むしろそのようなトラブルがないよう指導していくのがメイン銀行の支店長としてのあなたの務めではないですか。社会から認められる企業かどうかが取引の判断であって、企業も社会から認知される努力していかないと生き残れないのではないですか』と言ったら、少しおとなしくなりました。
その後谷野頭取退任の動きを思い止まるように何度も説得しましたが、『今更そんなことを言っても遅い。君も組合の委員長をしており、我々の仲間ではないか。何故そんなに谷野頭取の肩を持つのか』と、福岡の原口取締役と同じようなことを言って来ました。恐らく沢谷専務は組合出身の取締役に、『組合出身の仲間ではないか』と言って、強引に引きずり込んだのではないかと思いました」
と述べた。
木下取締役の話を聞いていた5人は、谷本相談役を頂点とする『谷野頭取包囲網』が既に構築され、今更突き崩すことが出来ない最悪の状況にあることを思い知らされることになった。出席者からは今後の対応について色々な意見が出たが、もはや有効な対抗策は見つからなかった。
最後に専務の石野が、
「木下取締役の話を聞くと、谷野頭取の更迭を申し出た沢谷君たちの『守旧派』(クーデター派)は、かなり用意周到に計画を遂行している様に思えるのです。そこまで彼らが工作しているとすれば、この事態を覆していくのはかなり厳しいと思われます。
しかし『谷野頭取の更迭』に加わった9名も、いずれ時の経過と共に、『何故あの時、あんなことをしたのかと、自らの行動に対して悔恨の念に襲われることになるでしょうし、退任した後は後ろめたさを一生背負いながら人生を終える』はずです。そうであれば、我々はたとえ負けることになっても、正々堂々とした意見を議事録に残して後世に伝えることが大切です。そうすれば『天網恢恢疎にして洩らさず』の諺の如く、正義のない彼らの行為はいずれ糾弾され、白日の下に晒されることになるでしょう」
と述べて、話し合いは終わった。
谷野を中心とする改革派のメンバー達は、「頭取交代劇」の前夜に再び会合することはなく、いよいよ運命の、クーデター当日(5月21日)を迎えることになった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
【読者の皆様へ】
「維新銀行 第三部 クーデター 第一章クーデター前夜」を終了することになりました。
昨年3月21日より「維新銀行 第一部 夜明け前」の連載を開始し、間もなく一年を迎えることになりました。長い間ご愛読頂きまして有難うございました。
その間読者の皆様から励ましのお便りや、健康に留意して執筆活動をするようにとの労わりのお便りを数多く頂き、心から感謝申し上げます。
ひとまずお休みを頂いて、3月7日(木)より、改革派と守旧派とが繰り広げる『谷野頭取罷免』の抗争をリアルに描いた「維新銀行 第三部 クーデター 第2章 クーデター」を連載する予定です。いよいよクライマックスを迎えます。今後の展開に是非ご期待下さい。
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