<経営会議(2)>
時計の針が9時を指したところで、円卓テーブル中央の議長席に就いた谷野頭取が、経営会議の開始を宣言した。頭取の谷野の左手に会長の栗野、右手に専務の沢谷が座り、以下席次に従って席が決められていた。
維新銀行の経営会議における出席取締役の席次は、栗野和男取締役会長、谷野銀次郎取締役頭取、沢谷一志専務取締役、石野裕士専務取締役、吉沢忠常務取締役、北野俊弘常務取締役、川中隆史常務取締役、梅原哲夫取締役、木下秀男取締役、小林辰彦取締役、古谷政治取締役の順であった。それに出席が認められている監査役を代表して大沢明之監査と谷本相談役が出席していた。
議長席についた頭取の谷野は、
「皆さんお揃いですので、只今より経営会議を始めさせて頂きます。今日は栗野会長が久し振りにご出席されておられますので欠席者はおりません」
と述べると、谷野の言葉を遮るように腰を浮かせた栗野は、
「昨年の9月より病気治療のため欠席が続き大変ご迷惑をお掛けしました」
と、出席した取締役に向かって頭を下げた。栗野の挨拶が終わるのを待って谷野は、
「本日は監査役による協議の結果、本経営会議には大沢監査役が出席されておりますのでお知らせしておきます」
と述べた。谷野の紹介を受けた大沢は、
「監査役会を代表して本日の会議に出席させて頂きます」
と、言葉少なに挨拶を返した。
谷野から説明はなかったが、この経営会議にもう1人谷本相談役が出席していた。相談役に退いた谷本には経営会議に出席する資格はなかったが、2年前谷本が頭取を退任する際、『相談役に退くが経営会議には当面オブザーバーとして出席することを認めてほしい』と取締役会議に提案し、了承を得ていたことが出席の根拠となった。
谷野に頭取職を譲った当初は、谷本相談役と谷野頭取との関係は蜜月であったが、谷野が谷本の反対を押し切り9月の中間決算で不良債権処理にともなう赤字決算を決断したことから、2人の仲は急速に悪化していった。谷本が1年半振りに経営会議に出席したのは、『谷野頭取交代劇』を見届けると共に、守旧派の取締役に無言の圧力をかけ造反を防止するのが真の目的であった。
また相談役に退いた後も維新銀行の影の実力者と君臨していた谷本の再指名により、この円卓会議の末席にいた取締役の古谷政治が、新頭取のポストを手に入れることになる。
植木頭取から2度も退任を迫られたにもかかわらず、しぶとく生き残り頭取の座を射止めた谷本の深謀遠慮がこの経営会議にも活かされることになった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
「頭取交代劇」が繰り広げられた舞台(円卓会議場)
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