<経営会議(5)>
沢谷の発言を受けて議長の谷野は、
「有難うございました。それでは只今、沢谷専務より動議が出されました。先程の9名の改選の中で、再任8名ということでありましたが、私を除く7名の方を、ここは分けて考えたいと思います。原案として私がお諮りしました7名の方並びに古田康彦氏の取締役選任について異議はございませんか」
と問うと、出席者全員から、「異議なし」の声が発せられた。その声を受けて谷野は、
「有難うございました。それでは動議の対象である私について、丁度任期満了ですから退任してほしいという動議があります。その理由につきましては沢谷専務からお話がありました。それについてお諮りをしたいと思いますので宜しくお願いします。動議について補足される方があればお願いします。また動議についての反対意見等があればお聞きしたいと思います」
と発言した。
すると改革派の石野が挙手し、マイクのスイッチを押しおもむろに、
「みんな一緒に長く働いている、それから経営の一端を担っている者は、仲間割れをするということは、本当に寂しいし、良いことではないと、基本的に思います。そして沢谷専務がおっしゃったトップの退任の根拠については、一般的な常識から考えまして、大義名分が非常に薄弱と思います。実際に経営トップが辞めるという時は、基本的には経営の判断を間違って、その仕振りが悪くて、営業実態、経営実績が悪化した、低迷した。それから配当も出来なくなったとか、あるいは長期高齢化したとか、こういうようなことで自ら決してもらう、こういうことではないかと思います。しかし業績を急回復させた実績を持つ頭取が1期2年で退任するということになれば、例えばマスコミであるとか、あるいは投資家、アナリスト、監督官庁、こういうものも非常に異常と思いますよ。その辺は如何ですか」
と、出席者全員に穏やかな口調で問いかけた。
谷野は、
「石野専務から発言がございましたが、沢谷専務、並びに他の方でご意見があればどうぞ」
と言うと、谷本相談役の隣の席にいる古谷取締役が、
「私は沢谷専務の案に賛成です。谷野頭取は沢谷専務がおっしゃったように不良債権処理に全力で尽くされまして、栗野会長とともに先頭を切って頂きました。残念ながら起こりました不祥事にもコンプラ態勢を整備されましたし、あるいはリレバンもやられ、最後中期計画まで作られた。こういうステップで、今石野専務のお話もありましたが、これからは新しいステージに立って実行の時だと思います。実行の時には一体感を持って、若手中心にやりたいので、譲って頂きたいと考えております。そういう意味で沢谷専務の案に賛成です」
と述べた。
古谷の『若手中心にやりたいので、譲って頂きたいと考えております』との発言は、谷本相談役より次期頭取のお墨付きを得ているとの自負から発せられた言葉であった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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