連日、新聞には「中国、ロシア、イランを警戒」というサイバー攻撃報道が出て、米政府が懸念を表明する。日本の新聞だけを読んでいると、サイバー時代の戦争とはこのことを言うのだと勘違いする。この報道は事実かも知れない。しかし、本書に書かれていることから比べると、そんなことは、どうでもいい事のようにさえ思える。本当のサイバー時代の戦争、そして主役は明らかに違う。
冷戦末期に始まった世界の安全保障体制の地殻変動をサイバー空間に焦点を合わせ描いている。著者は、元毎日新聞ブリュッセル支局長でベルギー在住の国際ジャーナリストである。10年におよぶ直接取材をもとに世界の軍事再編の実態と深層に迫っている。まさに、スリルとサスペンスが満載の「スパイ小説」であり、「岩波新書」を読んでいる気がしない。
「ネットワーク・セントリック・オペレーション・システム(Network Centric Operation System)」いう文言は日本の新聞では目にしない。しかし、これこそがサイバー時代の戦争のキーワードである。戦争や軍隊全般の管理・運営をコンピューターとインターネットによって可能な限りシステム化する。そこには、部隊や各種兵器、そして無人機を含む偵察機も衛星による情報・収集・伝達・分析等あらゆる要素が含まれる。
このオペレーションは米国主導の下に、米欧の多国籍企業と官界の共同主導で管理されている。同盟諸国、協力国、アフガンなど特定作戦における多国籍軍参加へと段階的に、軍隊そして戦争遂行自体の徹底したIT化が進められているのだ。しかし、第三世界の国々は勿論、中国、ロシア、そして日本もその枠組みには加えられていない。
これが21世紀の「グローバルな世界秩序」である。主役はあくまでも米国だ。無人機で殺されるのは、主に第三世界の人々であり、米国の軍事技術に走る傲慢さが、先進国に向けた国際テロを誘発している。さらに、この環境下で、サミットの本当の主要議題が「中央アジア・イランを含む広域エネルギー資源」であっても誰も文句を言えないのである。
著者は日本も「我々国民の気づかぬうちに米国主導で進められてきた安全保障に関するITクモの巣に、すでに幾重にも取り込まれてしまった」と警鐘を鳴らしている。軍事活動の中枢神経は指揮、統制、通信である。それを支えるサイバーシステムが、今や地球を見えないクモの網ごとく覆っている。日本政府が2011年暮れ、長年守ってきた武器輸出三原則の運用を緩める決定をしたのもこの延長線上にある。世界平和の中心の役割を担うべき安保常任理事国6カ国で世界の武器輸出の9割を占めているのだからお笑いである。
最近の世界各国のマスコミや学者は米国の主導的な力がこのまま衰退し、多極化の国際関係時代に突入するという見方が盛んだ。しかし、その見方は早計だと著者は断言する。
読者もご存じの様に、国際盗聴ネットワーク「エシュロン」を主導するNSA(米国の国家安全保障局)は、世界中のどんな電話、Eメールも盗聴、蓄積、分析している。同盟国、友好国も勿論その例外ではない。
<プロフィール>
三好 老師 (みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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