<経営会議(22)>
吉沢の言葉に一瞬場内には緊張の糸が張り詰めたが、木下取締役はその雰囲気を和らげるように、
「私がこういうことを知ったのは一昨日です。しかしその前に、ある部長から、『今度の役員会は大変なことがあるらしいですね』と言われました。私はまったくどういうことなのかさっぱりわかりませんでした。あれだけ良い決算をやっているのに『どういうことか。そんなことはない』とその時は答えましたが、今になって思えば既に漏れていたのです。何人かの方が既に動かれていたのではないですか。おおよその様子を知ったのは本当に一昨日ですよ」
と、静かに語りかけた。
それを受けて大沢監査役は、
「谷野頭取の再任を反対されている方たちが、先ほどから提案らしきことをした主張されてはいますが、『これを強行したら銀行にどういう問題があるか』ということに対する認識をどの程度お持ちなのかが伝わってきません。私が今まで聞いた限りにおいては、銀行のためにという気持ちがあまりないような気がします。はじめから結論ありきで、それは変わらないという感じです。これは必ずガタガタすると思います。
先ほども小林取締役が言いましたように、ただでさえ横領事件があり、情報漏洩があり、今からペイオフがあります。そういう時期に、更に『経営幹部主導による大義なき頭取交代』を行なうと、マスコミの餌食になります。そして今、真面目に働いている行員や家族は、突然の頭取交代を今日の夕方テレビで知り、明日の新聞にも大々的に報じられます。当行の信用失墜、行員の士気の低下は絶対に避けられません。それを見て地元の西都銀行や海峡信用金庫は大喜びします。
そこでもう一度お聞きしますが、今回皆さん方が言うようなことをなさって、頭取が交代した場合、混乱が起こらないと見ておられるのか、あるいはどのくらいの混乱が起きると見ておられるのか。その混乱にともなうリスク、ダメージをどの程度と見ておられるのか。その点をお聞かせ下さい。
当行の今後について極めて大きな問題と思いますので、維新銀行を守るためにも、そのあたりも良く聞いておきたいと思います。もう一度言います。これを強行することによって、どれだけの混乱が起きて、それによるダメージ、リスクがどの程度のものであるのか。そのあたりをどういうふうに考えて、それに対してどう対処しようと考えているのか、それを教えてください。
『こういうはずではなかった、すいません』ということでは断じて許されません。最近不祥事件はあったにしろ、維新銀行の歴代頭取は堅実経営をしてこられて、その評価があって株価も高くなっています。
そういう状況なのに谷野頭取を更迭して本当に問題がないのかどうか。どの程度の問題を頭に入れて、こういうことを言っておられるのか。それを具体的に言って下さい。少なくとも、そういうことを提案する皆さんであれば、そのくらいのことはきちん掴んでおられると思うので、それを教えて下さい」
と述べ、必死に守旧派による『大義なき頭取交代』の非を訴えた。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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