樹啓会は、「シティデンタルクリニック」を引き継ぐ賃借人として、貸主(家主)から出された条件を満たすような新たなスポンサーを探すことはできず、従来のスポンサー候補に別の場所での病院開設を打診するしかなかった。だが、それも色よい返事は得られなかった。この時点で、すでに高額治療となる患者の受け入れを中止していたため、「シティデンタルクリニック」の運営資金を医業収入から捻出することは無理な状況になっていた。2013年1月18日、「シティデンタルクリニック」に、医院を閉鎖する旨の手書きの通知が貼り出された。
矢野理事長は福岡歯科大学を卒業後、技術畑で10数年、インプラント技術に磨きをかけてきた。日本に近代インプラントが入ってきたとき、5人の研究メンバーの1人に故・小室樹(コムロタツル)という歯科医がおり、その小室氏に従事して歯科医としての基礎を教わったという。年間1,600本近いインプラントを手がけた実績は、そうした技術に裏打ちされたものなのだろう。ただし、情緒不安定の状態に陥ってからは、その技術も怪しくなっていたようだが。
一方で矢野理事長は、経営に関してまったくと言っていいほど無知だった。自身が医療行為に専念するためとはいえ、経理・財務面の最低限のチェックは必要だ。経営を常に誰かに依存し、人任せの経営を続けてきたことが今回の事態を招いたとも言える。
3月17日の「被害者の会」には怒りが収まらない被害者(患者)らが集まり、今後の活動方針を明示した。債権者集会に参加しての債権(治療費)の返還要求や、監督機関等への働きかけによる再発防止要請とともに、矢野理事長を再び医療現場に立たせないという措置を求めている。矢野理事長に対する詐欺罪での刑事告訴、不法行為による損害賠償請求も検討するという。倒産を予測しながら新たな患者を受け入れ、治療の意思がないのに前金を取ったこと、杜撰な治療行為に起因した損害(今後要する治療費)と精神的心労に対する損害の賠償を求めていく方針だ。
インプラント治療を含む歯科業界は、年々歯科医が増え競合が激しくなっており、経営不振に陥っているところも多い。監督機関は二度とこうした事態が生じないように、制度そのものを見直す必要があるし、これから治療を受けようとする人たちは、自ら医院の情報を仕入れて判断していかなければならない。歯医者も倒産する時代に入ったことを、よく理解しておく必要があるようだ。
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