<身体的苦痛、視力低下の恐怖からの解放>
カルフォルニア州にリナット・ニューロサイエンス社というバイオ関連会社がある。このシリコンバレーの会社に対して、DARPAでは痛みを瞬時にして感じさせなくする痛み止めワクチンの開発資金の提供を決めた。目標は「ワクチン服用後、10秒以内にあらゆる激痛が雲散霧消する」こと。その効果は少なくとも30日は続くことが要求されている。しかも、「副作用が生じない」ことが条件だ。
そのような条件を満たす、新たな「夢のワクチン」を開発しようというのである。既にこの研究開発は相当進んでおり、動物実験も繰り返し行なわれているという。ちなみに、このリナット社は、世界で最初に誕生したバイオテック企業であるジェネンテック社からスピンオフした会社である。
この痛み止めワクチンは兵士にとって、戦場で敵の銃弾を身に受けた場合や、地雷を踏んだ際には、痛みを感じさせなくしてくれるわけで、革命的なワクチンとなるに違いない。そして民間市場でも、その応用範囲は数限りないと思われる。特に末期がんの患者にとっては、治療等の苦痛から解放されることを意味する。
また、ウィスコンシン大学医学部のハリー・ウィーラン教授は、視力を失ったネズミに視力を回復させる研究開発で知られる。この技術を戦場に応用するため、DARPAではウィーラン教授に委託をして、戦闘機や爆撃機のパイロットが長時間任務についても視力が落ちない、そして目が疲れないような技術を開発させようとしている。またミサイル爆弾を投下した際に発生する閃光や炎による、パイロットの目へのダメージを軽減させる研究開発も委託しているのである。
ネズミを使った実験では、およそ5時間から24時間以内に視力が回復することが確認されているが、これではパイロットの安全な操縦を確保することはできない。そのため、数秒以内に視力を回復させるべく研究や実験が現在進められている。既に相当レベルまで進んでおり、動物実験もサルを使って行なわれる段階まできているようだ。
更に、視力を回復させるのみならず、皮膚や骨、神経などあらゆる人体機能を4日以内に元通りに修復させることも研究課題として与えられているという。同時にウィーラン教授は、パーキンソン病や脳腫瘍、そして骨髄の損傷等に効果的な治療法の開発も請け負っている。
<「破損した人体部位の再生は可能」が大前提>
要するに、細胞や臓器の再生機能を、いかに確実に、かつすばやく達成することができるか、最先端の研究を戦場に応用しようとしているわけだ。映画「スター・トレック」のなかでは、主人公たちがフィジオ・スティミュレーターと呼ばれる機械を使い、損傷した皮膚や臓器をたちどころに元に戻してしまう。まさにそのような夢の治療兵器の開発に取り組んでいるのである。
これこそ海軍の特殊部隊「シールズ」の戦闘員たちにとっては、1日も早く実用化してほしい装置と言われている。これも戦場での使用だけではなく、交通事故や自然災害での人体損傷に対して、その場で機能回復や治療が可能になるわけで、民生部門での応用範囲も極めて広いものと期待が高まる。
DARPAは、戦場で負傷した兵士の出血を瞬時に止める止血剤の研究にも、多額の資金を配分している。脳の視床下部から神経細胞を通って傷口周囲の細胞に働きかけ、自然に出血を止める。そのようなメカニズムを人工的に開発しようという計画に他ならない。
一般の人々は傷口から大量の血が噴き出るだけで数分間はパニック状態に陥り、まともな判断ができなくなるだろう。もし、このような「瞬間止血剤」が開発されれば、たとえ傷口が大きくても流れる血の量が抑えられ、しかも数秒で止血が可能になる。戦場の兵士のみならず、事故に遭遇した民間人にとっても、このような錠剤を常にポケットに入れておくことができれば、事故の連鎖反応を防ぐことができる。
様々な研究開発を指揮するDARPAにとって、現在最も精力的に取り組んでいる分野が、細胞(人体再生)研究と言われている。両生類であれば、トカゲのように尻尾を切っても、そこからまた尻尾が再生する。それと同じ事を人間にも当てはめようというわけだ。
戦場で足や腕、そして指を失った兵士に、元からあったのと同じような手や足を再生させることが果たして可能なのか。常識的にはありえない。ところが、DARPAの幹部たちの口癖は「元からあったものは、たとえ失っても取り戻すことができるはずだ」。調査・研究主任を務めるロバート・フィッツシモンズ氏に言わせれば「細胞が数個手に入れば、そこから人間全身を再生させることも可能だ」と言う。元々幹細胞をベースに人間は生まれてくるわけで、腕や足など部分的な人体再生は比較的簡単なことであるという。
このような失われた体の部位を再生させることは、人類にとって何千年にも渡り夢の世界の話であった。しかし、DARPAの研究員たちにとっては可能かどうかではなく、今どのようにしてその夢を実現するかが具体的な研究対象となっているのである。
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。現在、外務大臣政務官と東日本大震災復興対策本部員を兼任する。
※記事へのご意見はこちら