<日本で進む、生活に根ざした新感覚ビジネスの育成>
アメリカが国防を目的とした最先端の科学技術開発を進める一方、日本では経済産業省が中心となり、感性や五感に注目した生活空間やライフスタイルを進化させようとの動きがスタートした。具体的には、「人間生活技術戦略」を立ち上げ、2030年を目標に日本の技術を生かした新たな感性ビジネスを育成する方針を明らかにしている。
思えば、五感のなかで最も研究開発が遅れている分野が嗅覚であろう。我々の生活を便利で豊かなものにしているITや通信の世界を見ても、視覚と聴覚が圧倒的に主流派だ。しかし、嗅覚によって得られる香り成分は、人間の記憶、感情、言語といった学習能力を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。
にも拘わらず、これまで香りのもたらす効能については十分な研究が行なわれてきたとは言い難い。本来人間がかぎ分けることのできる香りの種類は、傷んだ肉から恋人の香水まで1万種類にも及ぶという。ところが、実際には我々はその数%も識別できていないのではないだろうか。嗅覚は我々の食生活を豊かにするだけではなく、食物が安全かどうかを判断する上で、人間の生命維持に不可欠の役割を担っている。
2004年、ようやくリンダ・バック博士とリチャード・アクセル博士が嗅覚を司る遺伝子構造の研究でノーベル生理・医学賞を受賞した。匂いのかぎ分けと記憶の仕組みを解明したのである。我々の肉体を構成している遺伝子のなかで、嗅覚を司るものは3%を占めていると言われるほど。それだけ重要な要素でありながら、我々はあまりにも無頓着であった。
<アメリカの限界、日本の可能性>
これまで「最も謎に包まれた人間の感覚」であった嗅覚。ノーベル賞を受賞した2人の博士は、鼻の中に、匂いを識別する「受容体」と呼ばれるたんぱく質があることを明らかにした。われわれの鼻の中には嗅覚神経細胞が500万個ほどもある。両博士はこれらの細胞のそれぞれに、たった1種類の受容体だけが対応することも確認。これは極めて重要な発見である。しかも、同時に、これらの神経細胞が脳にどのように接続しているのかも解明したため、世界に衝撃が走った。
ということは人間の行動を決定する五感と脳神経の相関性にも研究のメスが入れられるとうことだ。さらには、フェロモンと人間の寿命との関係や匂いや香りが人間の行動にどのような影響を与えるかも明らかになる可能性が出てきたといえよう。五感によって作動する脳のシナプスを探究することでガンをはじめ、さまざまな病気の克服方法も見出せるかも知れない。言い換えれば、香りには無限の可能性がある。
幸いにして日本には「香道」に代表される、独特の香り文化や伝統が息づいている。秘められた能力を開花させるためにも、脳の活性化を一層促進するためにも、今こそ香りのパワーにスポットを当て、新たな生命科学を興し、その成果に立脚した"五感産業"の開発に取り組む時であろう。既にその萌芽が見られるが、日本も世界と協力し、こうした分野で先駆的な役割を担うことを大いに期待したい。
これまで見てきたように、夢を現実のものにするうえで、民間の研究開発をリードする役割がペンタゴンに期待されていることは間違いないだろうが、本当のところ同じ情熱と資金なら、戦争や対立の原因をなくす方向に使った方が効果的ではないかと思わざるを得ない。それができないところにアメリカの限界を感じる。逆に言えば、日本の出番があるということだ。
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<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。現在、外務大臣政務官と東日本大震災復興対策本部員を兼任する。
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