<経営会議(33)>
維新銀行6階の役員会議室で行なわれている経営会議は午前9時から始まっていた。常盤支店長の堀部正道は秘書室に顔を出し、秘書室長の水田に経営会議の様子を聞くと、11時に終わる予定がまだ続いていると知らされた。水田は、
「この様子だと12時から始まる予定の取締役会議は、少し遅れるかもしれませんね。いずれにせよ、既に2時間以上経っていますので、もう間もなくして終わると思います」
と、済まなさそうな声を出した。
堀部は、机の上に置かれた5月7日付けの取締役会議事録に目を通し、最後のページをめくり自署捺印を済ませた。
再び堀部が、
「それはそうと松木取締役や原口取締役の姿がまだ見えないが、こちらには顔を出していないのかね」
と水田に問うと、
「ええ まだお越しになっておりません。そのうちお見えになると思います」
との返事が戻って来た。それを聞いて堀部は、
「まだ時間があるので煙草でも吸いに行ってこよう」
と告げて秘書室から出ていった。
気を紛らわすために一人で7階の喫煙ルームに入ったが人影はなかった。堀部はなかなか終わらない経営会議に不安を感じたが、どうすることもできなかった。窓越しに見える景色を眺めながら煙草を吸っていると、人の近づく足音が聞こえてきた。後ろを振り向くと検査部長の黒部亘が近づいてきた。
黒部は、
「お疲れ様です。今日の役員会はいつもより1時間早い12時からですよね」
と、煙草に火を点けながら堀部に話し掛けて来た。
「そう、12時からなのに、会議はまだ続いているらしいね。もう2時間以上も経っているのにまだ終わらないというのは、何か余程の案件でもあるのかね」
と堀部が問いかけると、黒部は一瞬何かを知っている様な素振りを見せた。そこで堀部が、
「黒部部長、何か知っているんじゃないのかね」
と問い詰めるように訊くと、黒部は意を決したように、
「母店長、実は役員の選任人事でもめていると聞いています」
と、堀部の耳元に小声で話しかけてきた。
堀部が、
「それは具体的にはどういうことかね」
と聞き返すと、黒部は周囲に人がいないのを確認してからおもむろに、
「実は決算の決議事項について問題はないのですが、役員人事でもめているのではと思います。栗野会長が膝の病気がおもわしくないため辞任するようですが、谷野頭取の再任について協議されているのではないかと思うんです。話し合いがまとまれば良いのですが、これだけ長引いているとすれば、経営会議で決着がつかないのかもしれませんね」
と、小声でしかも呟くように言った。黒部の話を聞いて、堀部は自分が一番恐れていた最悪の事態が現実のものとなったことを知った。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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