＜経営会議（35）＞
堀部は、
「沢谷専務が中心に動いているとすれば、組合出身の取締役も同じ動きをしているのではないのかね。組合出身の役員と言えば、沢谷専務の他に、西京支店長の吉沢常務、安芸本部長の北野常務、それに営業本部長の川中常務、それから東部支店長の松木取締役、本店営業部長の大島取締役、事務管理部門担当の木下取締役、それと去年、谷野頭取に取締役の指名を受けた福岡支店長の原口取締役だとすると、８名になるね」
と、指を折りながら訊いた。
すると黒部は、
「確かに組合出身の取締役が動いているようですが、そのなかで木下取締役は毎朝開かれる部長会での様子を見ていると、そんな動きを知っている様子ではなく、谷野頭取と親しい関係ですので、違うのではないかと思います」
と、慎重に言葉を選びながら話した。
堀部は、
「川中常務は営業本部長で谷野頭取の片腕なのに、木下取締役と一緒の行動ではないのだね。それと先ほど病気療養中の栗野会長が久し振りに経営会議に出席していると言ったが、それは自らの口で任期途中の退任を決めたことを、役員のみんなに伝えるために松葉杖を突いて出席したのかね。それとも別の目的があったのかね」
と、黒部の顔色を窺うように訊いた。
黒部は、
『しまった。いずれわかることなのに先走りして言わなければ良かった』と内心思ったが、
｢栗野会長は、恐らく任期途中の退任を、役員の皆さんに自ら伝えるために、病身の身を押してご出席されたのではないかと思います」
と、さらっとかわすように応えた。
堀部は、『栗野会長が松葉杖突いて出席した意図を、黒部部長は知らない筈はないのに』と思い、
「黒部部長、栗野会長が病身の身で、わざわざ経営会議に出て来たのは自分の退任表明だけではなく、谷野頭取を一緒に辞めさせるのが本当の目的ではないのかね。そうすると川中常務は谷本相談役や栗野会長と同窓のＳ大なので、同じ動きをしているということだね」
と問うと、黒部は黙ったまま否定も肯定もしなかった。
黒部は、
「もし母店長が言われる様なことになれば、それこそ大変なことになりますね。でも堀部母店長も経営会議の結果次第で、決断を迫られるようなことになるかもしれませんね」
と、含みのある言葉を呟いて喫煙ルームを去っていった。
堀部にとって黒部はＤ大卒で後輩ではあったが、学生時代からの知り合いではなく、職場も一緒の時がなかったため、そんなに親しい仲ではなかった。また高校は西京市にある西部高校を出ており、維新銀行内ではむしろ同じ高校の先輩である吉沢常務と親しかった。
堀部は黒部には苦い思い出があった。それは堀部が常盤支店に赴任した01年６月３日、女子行員が時間外勤務で労働基準局に駆け込む事件が発生した。前任の吉沢常務の労務管理に問題があったのに、その後の処理を巡り堀部支店長の対応が悪く、当局との間で問題がこじれたとの報告を谷本頭取に上げ、吉沢常務の肩を持ったのは当時人事部長の黒部であった。そのため 堀部は風見鶏のように形勢を見ながら動く黒部に対し、良い印象を抱いてはいなかった。
堀部は黒部との話し合いを通じて、
「谷野頭取直属の検査部長である黒部君までが、谷本相談役や吉沢常務と通じているとなると、これは勝負あったのかな」
と心のなかで呟きながら、６階の秘書室に戻っていった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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