<取締役会議(1)>
維新銀行は、毎月8日に定例の経営会議(午前9時)と取締役会議(午後1時)を開催することにしている。8日が土日の場合は繰り上げて開催することにしており、2004年5月8日は土曜日であったため、5月7日(金)に経営会議と取締役会議は開催された。
谷野が心配していたその日の経営会議と取締役会議は何ごともなく終り、頭取室に戻ってほっとしているところに、沢谷専務、吉沢常務、北野常務、川中常務の4人が突然訪ねて来たことが、「谷野頭取交代劇」の始まりであった。
沢谷たち4人は頭取の谷野に、
「不良債権の処理や業績を急回復していただいたが、不祥事件により行内が暗いムードとなっており、人心一新のため1期2年の実績を花道に自発的に退任していただきたい」
と求めてきたが、谷野はその説得に応じなかった。そのため5月15日の土曜日にも同じメンバー4人は谷野の自宅を訪れ、再度「自発的な退任」を求めたが拒否された。そのため「我々には過半数の取締役が賛同しており、取締役会議であなたの取締役再任を拒否することになるが、それでも良いのか」と、ついに数の力を頼み迫って来たが、谷野は応じなかった。
一人で思い悩んでいた谷野が、5月17日(月)の朝、N大学の先輩でもある大沢監査役に相談したことをきっかけに、守旧派と改革派とが繰り広げる「谷野頭取交代劇」が、一挙に維新銀行内で表面化することになった。
大沢は、頭取の谷野から沢谷専務達による「谷野頭取更迭」の動きを聞いて、沢谷を本店に呼び翻意するように説得を試みたが、話し合いは平行線のままに終わった。
谷野は九州本部長の石野専務にも相談を持ちかけ、谷野頭取、石野専務、大沢監査役、それに谷野を補佐する審査担当の梅原取締役、事務管理部門担当の木下取締役、経営管理部門担当の小林取締役の6名が19日の夜、頭取室で話し合いをしたが時すでに遅く、改革派には劣勢を挽回する有効な手立ては見つからなかった。
話し合いのなかでの結論は、「たとえ敗れても経営会議や取締役会議の議事録に、『谷野頭取更迭が如何に非道であったか』を後世に残すようにしよう」と決めたことであった。
そして谷野が、『常盤支店長の堀部取締役にはこのことは伝えなくても、我々の立場を正しく理解してくれると信じている。取締役会議での彼の態度表明こそが、維新銀行の良心を代弁するバロメーターと思いたい』と話し、堀部には「頭取更迭」の動きを伝えないことが決まった。
そのため堀部が『谷野頭取交代劇』の話を知ったのは、取締役会議が始まる直前で、皮肉にも守旧派から次期監査役に推薦されていた検査部長の黒部亘からであった。
午前9時より始まった経営会議で、谷野頭取の取締役再任議案に対する拒否の動議は、賛成5、反対5、棄権1の、5:5:1で過半数に達せず否決された。栗野会長の棄権は、守旧派が当初から描いていた筋書き通りの演出であった。この経営会議の評決は、『午後の取締役会議では過半数の議決により、「谷野頭取交代劇」(クーデター)を実行するぞ』と、谷野に伝えるためのデモンストレーションに過ぎなかった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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