では、なぜそんな夢のような発電方法が、現状普及していないのか。燃料が不要でありながら安定的、かつ継続的に強い電力を得ることができる。そんな発電方法ならば、もっと早い時期に実用化され、普及していたとしてもおかしくない。ところが、今ようやく実用化されつつある、という段階なのだ。なぜか。
その理由の1つは技術的な問題だ。「ウエハラサイクル」は、もっと早い時期に完成を見ていた。しかし、それを実用化するには技術が追い付いていなかった。足りなかった技術は主に2つ。1つは発電所を海につくる技術。もう1つはそこで生まれた電力を陸まで引き込む技術である。それが近年、クリアされていったのだという。
その理由は、他分野における技術の進歩にある。海に発電所をつくる技術は、海底油田から石油やガスを掘り出す技術を応用すればよい。そちらの技術が20世紀に一気に進んだため、海洋温度差発電所をつくることが可能となったのだ。陸までの送電網は、大陸間の通信ケーブル敷設などを通して技術が進歩したことにより、必要レベルをクリアした。両者がかみ合い、技術的な課題は克服できたのである。
もう1つは、緊急性の問題があったのではないかと思われる。これは想像だが、東日本大震災が発生するまで、ある意味で原子力発電所の安全性を疑う者はほとんどいなかったのではなかろうか。そして、火力と原子力、一部ソーラーなどがあれば、充分電力はまかなえると考えていたのではなかろうか。既存技術でまかなえるのだから、何も実現可能かどうかもわからないチャレンジをする必要はない。その考え方が大勢を占めていたために、新たに有望な技術が生まれなかったのではないかと思われるのである。
新技術を取り入れるということは、既存技術の既得権益を損なうことを意味する。それゆえ、とくにすでに電力インフラが整っている先進諸国での導入は難しくなる。電力需要の多くは先進諸国に集中しているため、そこで必要ないとされれば、進展が望めないのも道理だ。
しかし、今は先進国日本でも電力が必要とされている。それも、海洋国家という国の特性を活かした発電方法である。地球温暖化の問題も解決できる。素晴らしい方法だ。
実用段階に至り、次に問題となるのはイニシャルコストの高さである。原発1基分に相当する100万kW程度の電力を得ようと考えれば、6,000億円~1兆円程度の初期投資が必要になるとしている。原発1基分とほぼ変わらない投資金額は大きい。基幹電力を再生可能エネルギーにシフトする、という決意がなければ、移行は難しいかもしれない。
ランニングコストがほぼかからないため、長期的に見れば、非常に割のいい投資になるのだが、大きな決断が必要になるのも間違いなかろう。それは、イニシャルコストと同時に既得権益を失う守旧派の抵抗も予想されるためである。日本が再生可能エネルギー立国を実現するためには、そう言った部分との闘いも避けて通れないということだ。
現在、海洋温度差発電は、国連主導でマーシャル諸島を皮切りに12か国での導入が予定されている。このユニット同士を結び、ベルトのように地球全体を結ぶ。すると、現在問題になっている昼夜の電力消費、夏冬の電力消費の差がすべて埋まることになる。なぜなら、地球規模で考えれば昼と夜は半々、夏と冬も半々だからである。地球規模での電力の適正化ができるのだ。これは、海洋温度差発電「ウエハラサイクル」の開発者である上原春男氏が提唱している考え方だ。地球規模の適正化がなされたら、世界は一歩も二歩も便利に、そして豊かになることだろう。海洋温度差発電は、シンプルながら奥が深く夢にあふれる、再生可能エネルギーの決定版になる可能性を秘めている。
【柳 茂嘉】
≪ (3) |
※記事へのご意見はこちら