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税収9億で年間予算は120億円の夕張市!~「医療にたかるな」村上智彦著(新潮新書)
書評・レビュー
2013年5月15日 11:08

 2006年6月、夕張市は財政破綻した。そして、多くの国民の記憶は一部マスコミ報道の「夕張は政治に裏切られた悲劇そのもの」と言う"かわいそう論"で時間がストップしているのではないかと思う。しかし、その実態は180度違っていた。

 破綻後、夕張市は自治体の税収は9億円しかないにも拘わらず、120億円の年間予算を組んだ。ゴネ得というやつで、財政再建団体という"オンリーワン"を活かし、マスコミを利用して、"夕張市民は可哀想な犠牲者だ"というキャンペーンを張り、国の予算を引っ張ってきたのだ。さらに、破綻直後に前市長が建設業者を集めて「二度とないチャンスがやって来た」と、とんでもない発言をしたことがわかっている。

 夕張市が破綻したとき、市の職員は350人である。日本の市役所職員の平均人数は人口1,000人当たり7.8人と言われる。人口1万2,000人の夕張市では94人になる。つまり、平均より250人も多いのである。しかも、年収が平均700~800万円とバカ高い。これでは、ギリシャも顔負けである。夕張の人は「破綻の犠牲者」ではなく、「破綻させた張本人」なのである。

 著者村上智彦氏は医者である。地域医療の再生に取り組んでいた村上氏は、夕張市の破綻直後に、誰も引き受けてのいなかった夕張市立総合病院を2007年に引き継ぐことになる。
 「医療」の立て直しをするつもりで乗り込んだ先で、待っていた戦闘相手は「医療」ではなく「古い日本」そのものだった。

 夕張の「たかり体質」は長い歴史を経て培われてきている。かつて、夕張は「炭鉱の町」で「北海道で最もお金持ちで栄えている地域」であった。炭鉱で働く労働者は、家賃や暖房費はもとより、光熱費、水道代といった公共サービス、果ては映画館の入場券まですべて無料で提供されていた。もちろん、「医療費はすべて無料」である。夕張市民の生活水準は北海道ではもちろん、日本全国でもトップクラスであった。そして、石炭産業が衰退しても、一度贅沢の味を知ってしまった市民の権利意識だけは消えなかったのである。夕張市は言ってみれば、ろくに働きもしないで浪費を繰り返して自己破産しただけのことだ。

 村上氏によると、夕張市は「日本の縮図」であるという。地域経済の疲弊、少子高齢化、過疎化、教育問題、大衆迎合政治、住民の依存体質など、高度経済成長期に日本に蓄積された「歪」が夕張において「財政再建団体」という情けない形で具現化しているのだ。村上氏は「夕張で起こっている問題は、近い将来、必ず日本の各地で起こる。今、自分たちが夕張で取り組んでいる『医療改革』は2050年頃の日本の高齢化社会における医療の在り方を占う」としている。

 しかし、一度"甘い汁"の味を知ってしまった既存の利権団体、住民の抵抗は半端でなかった。さらに、本来であれば正義のペンを奮うべき大手新聞を中心とするマスコミによって、村上氏は時には恫喝され、時には自作自演の中傷記事を書かれているのだ。(ただし、村上氏はネットを使って真実を訴え、多くは誤解が解かれている)

 村上氏の目指す医療改革の基本は、「キュア(治療)からケア(ささえる医療)へ」である。実は、厚労省も現在、この路線を推進している。高度先端医療や専門医療のような「病気と戦う医療」に対峙する概念である。「ささえる医療」とは、高齢者は厳しい戦場に出さず後方支援に回して、家族や医師も一緒にそれを手伝うようなイメージだ。これには、高齢者にとって「戦う医療」は限界があるからで、決して「諦めの医療」ではない。むしろ諦めないで「残りの人生を少しでも充実したものにする」ことを目指している。その根底には、自分の健康を自分で守るという意識がなく、医療に丸投げして生きていたら、健康や長寿は望めないという"真理"がある。

 近い将来「病院で死ぬこと」は贅沢の時代がやってくる。「他人ごと」でなく「自分ごと」として読んで欲しいと思う。本書は「医療」行政に関する本ではない。村上氏は「人間は変われると信じています」という。厳しい批判だけで終わることなく、日本の未来と若者を救うメッセージとして書かれているのだ。熱い思いが伝わる1冊だ。

【三好 老師】

<プロフィール>
三好 老師 (みよしろうし)
 ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。


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