<取締役会議(11)>
議長の栗野は、
「他にどなたかご意見はありませんか」
と問うと、松木取締役が挙手し、
「私は人を信じる経営が大事だと思ってやってきました。しかし谷野頭取の個人批判をするわけではないのですが、内部通報制度については問題があると考えています。確かに必要な制度ではありますが、本制度の対象に支店長や役員も含めて、その活用を奨励する谷野頭取の発言には疑問を感じており、この様なことではお互いの信頼関係がなくなり、どんなにチェック体制や制度ができても、逆にさらに大きな事件や事故が発生するのではないかと思っています。
もう一つ言えば、営業店は特に人の面で縛られている状況であり、採用人員の減少や、当局の指導もあり長期在籍者を定期的に異動させる方針を打ち出しておられます。それに対応するためパートタイマーを増加せざるを得ず、今ではパートタイマー教育の徹底が大きな負担となっています。また折角融資案件を持って帰っても本部の決済がなかなか下りないことで、営業店が不安を持っているのが現状です。今の谷野頭取体制では、営業店としても自信を持った営業推進ができないと考えています。そのため当行の将来を展望した場合、さらに風通しの良い組織にするためには谷野頭取にご退任いただき、蔵元崇氏を取締役候補とする大島取締役の案に賛成します」
と述べた。
続けて栗野が、
「他にどなたかご発言はございませんか」
と問うと原口取締役が挙手し、
「谷野頭取は、この2年間自らを律して経営されました。その点については認めますが、ただあまりにも厳しすぎて、頭取に直接進言できない状況が続いております。今からは風通しが良い組織づくりが必要であると思います。確かにいろいろな面で改革に取り組まれていることは認めますが、余りにも改革を急ぎすぎたことで歪みが生じており、個人的にも受け入れることが出来なくなっています。今後も収益向上が当行の大きなテーマとなるなかで、最近取引先重視の姿勢が薄れており、今一度原点を見直すためにも新しい体制での変革が必要だと考えています。そのためには先ほど大島取締役と松木取締役が述べられた意見に賛成です」
と語り、経営会議の11人に、新たに取締役会議に加わった取締役4人のうち3人までが、沢谷の動議に賛成する態度を明確にした。
取締役会議で大島取締役、松木取締役、原口取締役の3人が、立て続けに沢谷専務の動議に賛成の意見を述べたのは、守旧派が15人の取締役のうち過半数である8名を確保しており、『谷野頭取罷免』が成立することを改革派に見せつけ、敗北を認めさせるための演出であった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
※記事へのご意見はこちら