<取締役会議(12)>
11人の取締役が出席した経営会議では、専務の沢谷が出した『谷野頭取罷免』の動議は、賛成5反対5棄権1で否決されたが、取締役会議において新たに加わることになる松木取締役、堀部取締役、大島取締役、原口取締役の4人が再提出される動議に対して、どのような発言をするのかに注目が集まっていた。衆目が見守るなか、4人のトップを切って発言したのが大島だった。
堀部は、大島の谷野を批判する発言を聞いているうちに、その言葉の端々に傲慢さが滲み出ているように感じて、次第に何とも言えない不快な気分になっていった。そんな思いを募らせていた堀部に追い打ちをかけるように、大島が、
「今の谷野頭取体制は、『サッカーで例えるならば、警告があまりにも多過ぎて、選手がプレーすることができない最悪の状況』になっており、これでは営業力を強化しようにも無理がある」
と述べたとき、20年近く前に地銀協の研修で大島と一緒になったときの出来事を思い出した。それは当時、組合の書記長から営業店に配属され、エリートとして研修に参加していた大島が、酒席で酔いが回ると必ず、『わしは維新銀行の高杉晋作じゃ』と、あたかも他行の行員を見下すような態度を取っていたということだった。
今回もその時と同じように、『わしは維新銀行の高杉晋作じゃ』と、頭取の谷野に向かって天誅を下すかのような言動をしているように、堀部は思えてならなかった。
大島が『警告があまりにも多過ぎて』と話した本音は、
(1)維新銀行を舞台にする山上の保険勧誘の禁止
(2)第五生命の保険料ローンの取り扱い停止
(3)「第五生命のアンケート調査」
を指しているのではないかと堀部は思った。
堀部は、第五生命の山上外務員と大島とが緊密な仲であることは以前から聞いていたが『谷野頭取罷免』に賛成する大島の発言には大義がなく、ただ山上の保険勧誘を禁止した谷野に対する報復でしかないとの確信を深めていった。
大島の次に発言した松木取締役、それに続いた原口取締役も説得力のない谷野批判を繰り返したが、3人が沢谷の動議に賛成を表明したことで守旧派が過半数を制していることが判明した。当初から予想されていたことではあったが、決議に入れば『谷野頭取罷免』が確実に可決されることは誰の目にも明らかとなった。後に守旧派が復権を果たすと、山上は維新銀行を舞台に違法な保険勧誘を再開することになる。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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