ここで利用者には"自分専用の金融機関""打ち出の小槌"として感謝されこそすれ、決して怪しまれることのない、人間の盲点を突いた"極上の詐欺商法"を紹介する。くどいようだが、詐欺の手法を真似て詐欺的行為を実行に移せと言っているのではない。詐欺的手法を熟知して、それを生活のなかに取り込むことで、生活をより豊かにすることができる。もちろん、詐欺師の仕掛けには乗らないスキルをも合わせて身に着けることができるのは当然のことである。
(以下、「『"偽装質屋"狙われる高齢者たち』NHKクローズアップ現代 平成25年4月11日放送」を基調とした)
福岡市に住む74歳の男性Aさんは、持病の白内障と糖尿病の治療のため医療費がかさみ、ある質屋と称する金融業者から10万円の融資を受ける。担保は腕時計。腕時計は2,000円の安物である。「質屋」と名乗るので、質草というのが正しいのだろう。2,000円の腕時計で10万円の融資? 通常ではあり得ない話だ。当然カラクリがある。
これは質屋を騙ったヤミ金"偽装質屋"である。正当な質屋の年利率は109.5%。鑑定のスキルや質草の保管、質流れ品の売買など、時間と資金を要する金融機関だからというのが理由(質屋営業法)。彼らはここに着目した。詐欺師たちの手口をまとめてみる。
(1)質屋として登録し、質屋に成りすます。
(2)質草ではなく、年金を担保とする。国が後ろ盾だから取りはぐれがない。質屋を装っているので、質草は価値のないものでいい。
(3)金融機関の口座から引き落とすという契約を結ぶ。2カ月ごとに必ず入金があるので、とりはぐれがない。
(4)利用者とは来店時に利用条件を明示し、納得ずくで契約する。後で問題が生じた場合の回避策の意味合いもあるが、客に安心感を植え付けるためでもある。
(5)融資額を年金受取額の8~9割程度に留める。これだと取り立てに失敗することもなく、面倒な"督促"を必要としない。
10万円の融資を受けたAさんの年金(2カ月ごとに振り込まれる)額は、約15万円。振り込まれたその日に元金10万円と利息分約2万円、合わせて12万円がAさんの口座から引き落とされる。年利に換算すると96%で、完全に違法金利である。Aさんの手元には3万円しか残らない。
窮したAさんは再び偽装質屋に行き、再び10万円を借りる。同様に年金支給日に口座から金利と合わせた12万円が引き落とされ、三度偽装質屋の暖簾をくぐることになる。そして永遠にこれを繰り返す。詐欺業者は最初に10万円を融資するだけで、2か月ごとに2万円の利息を得ることになる。来店数×2万円だから、業者にとっては笑いが止まらないだろう。
ところがである。利用する年金生活者の多くが、"偽装質屋"の存在を歓迎するのである。2カ月に1度必ず完済(清算)することになるので、「借りている」という感覚が鈍るという。1回ごとの清算方式だから、催促もなければ厳しい取り立てもない。周囲の冷たい目線を気にしなくとも済む。何より、暖簾をくぐるだけで融資してくれるのだから、借り手にとってここは「自分専用の金融機関」「打ち出の小槌」なのである。
この業者は、2007年の「グレーゾーン金利解除」直前に"偽装質屋"に衣替えした。実際10年に施行された「改正貸金業法」により、(1)「総量規制」(借入残高が年収の3分の1を超える場合、新規の借り入れが不可)。(2)「上限金利の引き下げ」(年利29.2→15~20%)。(3)「貸金業者に対する規制の強化」(法令遵守の助言・指導を行なう国家資格のある"貸金業務取扱主任者"を営業所ごとに置く)が義務化された。この後、多くの消費者金融が大手銀行に吸収されるなどして姿を消した。一部のヤミ金業者が"偽装質屋"として生き残り続けている。
問題は、高齢者が融資を受ける金融機関がないということだ。番組でも、取材者が利用者に「(偽装質屋を利用することに」問題があるのでは」と問いただすと、「なら、どこか知らない?(紹介してほしい)」と逆に質問を投げかけられた。
国の年金を担保とした「公的年金担保融資制度」(独立行政法人福祉医療機構)というものが存在する。年金の1年分を上限に融資する制度なのだが、年金支給日に分割された借入金と利子が引き落とされるので、年金のみの生活者は途端に生活に窮するというのが実情である。
社会福祉協議会の「生活福祉年金貸付制度」の利用という方法もあるが、「かなりの焦げつき額があり、大々的な宣伝をしないためあまり知られていない」(弁護士・宇都宮健二氏)という。宇都宮氏は「グラミン銀行」(バングラデシュにあるチッタゴン大学ムハマド・ユヌス経済学部長が1976年に始めた個人的融資が、1983年に政府によって承認された貧窮層融資銀行)の創設と、「融資ばかりではなく、利用者の家計もチェックする"伴走型支援"の普及」を提言する。
相談する人が身近にいるだけで、安心感が倍増する。"偽装質屋"はそうした年金生活者の心の隙間を縫うようにして生まれた。完全な違法貸金業者なのだが、生活に余裕のない年金生活者の目には"救世主"と映る。ここが問題なのである。これを解決しない限り、詐欺業者は霧消しない。
最後に、つい最近、「振り込め詐欺」の新しい名称として「母さん助けて詐欺」が採用された。正直、評判は芳しくない。「オレオレ詐欺」を「振り込め詐欺」と名称変更したのは警視庁である。「架空請求詐欺」など手口が多様化したため、というのが変更理由だ。なら、最初の「オレオレ詐欺」に戻せばいい。一説には、ある広告代理店が噛んでいるという。それが本当ならそのセンスを疑う。もちろん警視庁のセンスも。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。
※記事へのご意見はこちら