<取締役会議(17)>
守旧派にとって採決は筋書き通りとなった。議長の谷野が安心したのは、沢谷が提出した谷野頭取の再任拒否の動議に、大島取締役、松木取締役に続き原口が賛意を表明したことだった。栗野が心配していたのは原口の動向であった。原口は組合の書記長出身の取締役であったが、昨年谷野頭取の指名により取締役福岡支店長に任命されており、ひょっとして原口が良心の呵責に苛まれて棄権に回るようなことになれば、賛成が7で過半数を超えない可能性もなくはなかったからだった。
もし原口が棄権に回った場合は、栗野は賛成に回る覚悟を決めていたが、その心配は徒労に終わった。原口がはっきりと谷野頭取の再任反対の態度表明し、賛成8反対6で谷野の罷免が採決されることが確実になったため、栗野は棄権に回ることを決めた。もしも栗野が賛成に回る事態になれば行内外に対して、2人の対立関係が浮き彫りになるが、棄権であれば中立であったとの評価を得て、大きな誹りを受けることもなく、後々影響力を行使できるとの読みからであった。
栗野は、
「谷野取締役頭取が退任することが決まりましたので、次期取締役頭取候補者を誰にするかを決めたいと思います。推薦する候補があれば名前を上げていただきたいと思います」
と発言すると、即座に専務の沢谷が、
「次期取締役頭取候補者として古谷政治氏を推薦します」
と述べた。
すると、その提案に対し谷野は、
「古谷取締役の能力は十分に認めますが、まだ将来があると考えており、本人には一切伝えていないが今までの言動、経営に対する姿勢などを考慮し、自身は石野専務取締役を推薦します」と対案を告げた。
議長の栗野が次期取締役頭取候補者を石野裕士氏とする提案に対して、賛成の挙手を求めたところ、谷野頭取他5名が賛成し、本人である専務の石野は棄権した。
続いて議長より、次期取締役頭取候補者を古谷政治氏とする提案に対して賛成の挙手を求めたところ、守旧派の沢谷専務、吉沢常務、北野常務、川中常務、松木取締役、大島取締役、古谷取締役、原口取締役の8名が賛成した。
議長の栗野は、
「過半数の賛成を得て、次期取締役頭取候補者を古谷政治氏とすることに決定しました」
と告げて、長く議論が続いた第3号議案の採決は終わった。
次に第4号議案の監査役についても守旧派が提案した動議か可決され、大沢監査役は退任しし、検査部長の黒部亘が新任の監査役に指名され、下田隆氏、木村賢一郎明和生命社長の再任が決まった。
改革派にとって悪夢の取締役会議が閉会したのは、午後2時15分であった。
守旧派は『谷野頭取交代劇』(クーデター)に勝利したが、改革派との対決によって維新銀行の長年の伝統であった『和』に、大きな亀裂が生じることになった。
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※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
昨年の3月以来、約1年2カ月にわたり『維新銀行』を連載して参りましたが、本日をもって「終り」とさせていただきます。長い間沢山の読者の皆様からご愛読いただき心より感謝申し上げます。
皆様からの温かい励ましのお言葉があればこそ、ここまで辿り着けたと思っております。本当に有難うございました。心よりお礼申し上げます。
なお、多くの方々から「維新銀行」を本として出版するようにとのお話しをいただいており、ご期待に沿うべく各方面と折衝をしている段階で、何とか今年12月には出版できるようにしようと、データ・マックスの児玉社長と話し合っています。
今回の連載の中で、『取締役会議での改革派と守旧派の攻防』は触りだけになっていますが、改訂版の「維新銀行」には双方が展開する『谷野交代劇』(クーデター)の攻防にもページを割いてみたいと思っています。
最後に皆様のご多幸とご健勝をお祈り申し上げますとともに、発刊予定の「維新銀行」に是非ご期待下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。
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