<アベノミクスの打ち出す矢は順序がおかしい>
アベノミクスがおかしいのは、金融政策が先行で議論が進んでいるからだろう。本来議論するべき、中長期の成長プランや東日本大震災の復興の話、私たちの日々の家計にかかる負担の話題が消えてなくなって、目先の株式相場のことばかりをメディアが報じるようになったのである。
本来であれば、短期・中期・長期のビジョンを政権が打ち出して、規制緩和や特区構想を含めたビジョンを出して短・中・長期の成長戦略を内外にわかりやすい形で打ち出した上で、その上で財政資金が必要な部分は国債発行で手当し、企業がその成長分野に投資をしやすくなるように金融緩和でサポートするという順番で政府は政策を打ち出すべきだ。ところが、今のアベノミクスは選挙前に株高を演出しようとしたためなのかもしれないが、金融、財政ときて、その後に成長戦略をようやく発表するという順序になっており、全く逆になっている。
安倍首相は6月にもPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)を柱とする規制緩和政策を発表すると見られている。これにより、インフラ設備の建設や更新に民間資金を投入して、財政難にあえぐ国や地方財政に代わって民間活力を導入するという目論見である。他にも、アメリカのNIH(国立衛生研究所)を作る構想などを始めとする「再生医療」、「雇用」、「女性」に絞った成長戦略を本格的に発表するのだろう。PFIでは、インフラの所有権は政府や自治体が保有し続けた上で、運営権を民間に委ねるという仕組みがとられる。水道などの独占的な生活上死活的なインフラを民間やとりわけ外資に委ねることは危険性があるから慎重にならなければならないが、空港の運営権を民間に委ねることは有効だろう。規制緩和の光と影を意識しながらも規制緩和を無理にならない範囲で進めることは重要だと思う。
しかし、ほんとうに重要な成長戦略は脱原発依存のエネルギー戦略であり、廃炉や次世代エネルギーの技術開発という中長期的に日本の産業構造を転換し、新しい大きな雇用が望めるような成長戦略だ。効率化された石炭火力発電の活用を打ち出している経産省は評価に値するが、問題になっている原発の扱いでは、安倍政権は原発推進一辺倒に動きかねない。原発をしばらくは利用するにしても、1970年代に運転を開始した原発は順次廃止しなければならないのであり、このことにより実は大きな雇用も生み出せるはずなのだ。米国でも金融政策だけでなくエネルギー政策が国家戦略にとって重要なキーになっている。アメリカではシェールガスバブルに湧いているが、資源国ではない日本ではエネルギーの効率利用が重要な成長戦略を握る鍵になる。重電分野ではガスタービン、それ以外の分野でも蓄電池の家庭への普及など雇用の種は各所に存在する。
<財務省の高笑いを許すな>
このように、まず成長戦略のビジョンを掲げ、その目的のために財政・金融政策を動員するというのが本来の経済政策であり、今のアベノミクスは金融面だけで上滑りしているという点は否めない。確かに今回の調整局面は一時的なものかもしれないが、財務省が目論む消費増税をこのまま推し進めるとすれば、「増税ショック」による景気急落による、本当の冷水を国民が浴びせられることにもなりかねない。
アベノミクス成功のカギを握るのは、財政出動と成長戦略だけではなく、安倍政権による国民のための「消費増税の当分の先送り」という重大な決断にあることを指摘したい。まあ、民主党政権の失敗に懲りて財務省を敵に回したくない政府首脳にそのような大胆さがあるとは思えないが。
メディアが先導役になって浮かれ騒ぐ「アベノミクス株高」は昔、朝日新聞の論説主幹だった笠信太郎が、見せかけの幻のような景気を評した「花見酒の経済」である可能性も拭えない。実体をともなわない砂上の楼閣のような株式市場だけで起きている好景気が、実体経済に結びつく前に、数年間にわたって段階的に行なわれる消費増税が日本経済に大惨事をもたらす。アベノミクス失敗と新聞が書きたてて、それでも最後にほくそ笑むのは政権交代の心配をしなくても済む財務官僚たち、ということになるのではないか。
「行きはよいよい帰りは怖い」とか「地獄への道は善意で舗装されている」という決まり文句を引き合いに出すまでもなく、実態経済を冷やし、財界・大企業と官僚の利益になる増税路線へのたくらみを私たちは鋭く見ぬく必要があると思う。そして、増税の次にやってくるのはTPPによる規制撤廃路線の行き着く先の外資系企業による日本経済再占領ということになる危険性もある。そうなれば国民はふんだり蹴ったりだ。
日経平均は、5月30日に今年2番目の下げ幅となる737円安となった。黒田総裁の「異次元緩和」波動砲の成否は、緩和を発表した4月4日当時の導入前水準の1万2,000円を「絶対防衛圏」とし、日経平均先物を主戦場として外資系ファンドとの攻防戦が繰り広げられることになる。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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