憲法や歴史観をめぐり戦前の軍国主義日本への回帰を思わせる安倍内閣の言動に対し、戦争を知る自民党重鎮が相次ぎ警鐘を鳴らしている。
自民党の古賀誠元幹事長が"宿敵"の共産党機関紙「しんぶん赤旗」のインタビューに応じ、憲法96条改正に反対と述べたことが話題を呼んだ。古賀氏のインタビュー記事は、同紙日曜版6月2日号1、2面に渡って掲載された。毎日新聞、東京新聞、西日本新聞などが、古賀氏が「赤旗」のインタビューに応じたことを報道。「安倍晋三首相は96条改正に前向きだが、歯止め役のいない党内への懸念が背景にあるとみられる」(「毎日」)と指摘していた。
古賀氏は同インタビューで「現行憲法の平和主義、主権在民、基本的人権という崇高な精神は尊重しなければならない」、「とくに9条は平和憲法の根幹です。"浮世離れしている"と見られるかもしれないが、その精神が一番ありがたいところで、だから『世界遺産』と言っているのです。平和主義は絶対に守るべきだと思っています」、「『宏池会』の4月の会合でも『今日の日本があるのは、平和憲法が根底に強く存在していたということだけは忘れてはならないとつねづね思っている』とあいさつしました」と述べている。
NET-IBでは、同インタビュー報道に先駆けて、安倍右傾化路線に異議を申し立ててきた。
自民党元副総裁の山崎拓氏のロングインタビューを5月10日から24日まで8回連載で掲載した。山崎氏は生粋の憲法9条改正論者だが、憲法96条改正には慎重な姿勢を示し、「憲法改正を過半数で発議できるようにして、先々で9条を変えて、自衛隊を国防軍に変えて軍隊にする、あんたの息子を徴兵制で召し上げる、そして中国と戦わせる、名誉の戦死で靖国神社に送るというシナリオには、女性は反対する」(連載第4回)と述べ、健全保守の真骨頂を示した。
山崎氏は、日中戦争や核武装論にも抑制的な発言に終始。別のメディアでの対談で古賀誠氏や加藤紘一氏が「憲法を守る」と述べたことに「びっくりした」としつつ、「宏池会の伝統を守っている」と好意的に紹介していた(連載第3回)。
宏池会には、保守本流との自負があり、池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一の4人の首相を輩出。古賀氏は衆議院議員引退後も、同会の名誉会長を務める。保守本流からみると、同じ憲法改正といっても、戦前回帰型の改正を望んではいないのだろう。
山崎氏、古賀氏に共通するのは、「戦争を知る世代の政治家」ということだ。
山崎氏はNET-IBのインタビューで、「安倍首相はまったく戦争経験がないから、『靖国神社の問題は、内政問題だから外からガタガタ言うな』というようなセンスの話をする。日本の施政者は、人種的偏見を持ったらいけない。今の内閣は、人種的偏見があると思われても仕方ないことばかり言っている」(連載第3回)、「このままでは、核武装論まで行く。それは一番恐るべきことだ。広島、長崎の原爆被害のときに生まれていなかったことが、安倍首相の安全保障観をおかしくしている」(連載第8回)と指摘していた。
古賀氏も「赤旗」インタビューで、父親の戦死に触れて「子ども心に母の背中を見ていて、戦争は嫌だ、二度と戦争を起こしてはならない、と思いました。この思いが私の政治家の原点」「戦争を知らない人が国民の8割近くを占めるようになりました。だからこそ戦争を知っている私たちのような世代の役割は大きい」と述べている。
安倍自民党は、憲法96条を改正し憲法改正発議要件を緩めることによる憲法改正を、この夏の参院選挙の中心に据えようとした。外交・国際問題では、靖国神社参拝や従軍慰安婦などの歴史認識をめぐって、日韓・日中・日米関係への影響が表面化している。
安倍首相は、戦後日本の繁栄をもたらした平和主義・福祉国家の理念から右ハンドルを切って、戦前回帰の右傾化路線を鮮明にした。高支持率に浮かれ、ニコニコ超会議(4月27日、千葉・幕張メッセ)では、迷彩服を着て「10式戦車」に乗ってご満悦だったのもその表れだ。その姿は、戦前の日本軍国主義復活とダブる。
この先、戦争に行くのは、もちろん高齢者ではない。今40代、50代の現役世代も、おそらく戦場に赴くことはないだろう。実際に戦場に送られるのは、現在は選挙権を持たない10代以下の子どもたちだ。
自民党重鎮政治家からの「憲法改正には慎重に」との発言の背景には、安倍内閣の右傾化を止めなければいけないとの危機感がある。
自民党の「憲法改正草案」には、「人権を守るために国家権力を縛る」という近代立憲主義を否定して、「国が国民を縛る憲法」に変えるものだとして、憲法学者から批判がおこっている。30年来の憲法改正論者の小林節・慶応大教授も「明治憲法への回帰論」、「時代錯誤だ」と手厳しい。憲法96条改正については「裏口入学」と斬って捨てる。
もはや、直面しているのは、イデオロギーの問題ではない。憲法改正論者も含む"愛国共同戦線"をつくりあげるときである。有力視されている参院議員選挙公示日まで1カ月を切った。安倍右傾化路線を止めるのは、今である。
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