<今の若者は、昔よりも強い>
福岡工業大学硬式野球部の塩屋佳宏監督は、今の学生たちについて、「目的意識さえ定まれば、非常に強い力を発揮する」と評価する。たとえそれが、本人たちの許容範囲を超えるものであったとしても、だ。
試合前の1カ月間は、普通、選手のコンディションを整える調整期間としてハードなトレーニングは行なわないものだ。しかし塩屋監督は選手たちに対し、あえてその常識を覆す"強化訓練"を行なった。理由は、いい試合をしていても、試合途中で心身ともに粘りが効かず、実力を発揮できなくなるのがチームの弱点だと判断したからである。同校OBでもあり、長い野球経験を持つ塩屋監督は、自らの経験から強化訓練の必要性に思い当たった。
さっそく中心選手たちを呼び、その旨を告げた。しかし少々唐突だったようだ。最初は素直には受け入れてもらえなかった。「たしかに、この時期の特訓は、常識的ではないですからね。しかし私にも体験に基づく自信がありました。いずれ選手たちもわかってくれるだろうという気持ちもあり、一旦、提案を取り下げたんです。無理強いはさせたくありませんでしたからね」(塩屋監督)。すると、後から選手たちが、あらためて塩屋監督のもとを訪れ、「先ほどは、すみませんでした。しかし突然、いつもなら調整に入る時期に強化訓練と言われても、理由がわからず、納得できませんでした」と、頭を下げた。そこで、塩屋監督も納得し、企画書と強化訓練のメニューを書式化し、具体的に説明した。今度は選手たちも理解をし、他の選手にもその旨を伝え、強化訓練を行なうことになった。
一度やると決まれば、選手たちは素直にトレーニングに取り組んだ。もちろん、塩屋監督自ら、見本を示した。
「今の若者は、どこかで、『自分の限界はここまで』と、線引きしてしまっているところがありますね。しかし若いのだから、世代が上の私にできる特訓ができないはずはありません。彼らには、私の見本以上のことができるはずだと示してやる。すると、彼らも挑戦してくれます」(塩屋監督)。
実際、選手たちは、自分たちが決めた限界の殻を次々と破ってくれた。限界と思っていたものが、自ら線引きした許容範囲だったことに気づいてくれた。
なかには、肉離れを起こし、大会への出場が危ぶまれた選手もいた。しかし、そのようなアクシデントがあったとしても、誰も「特訓のせいだ」と言う者はいなかった。不具合が生じたのは、自己管理が上手くなされていなかったせいではないか、トレーニング後のケアが不十分だったせいではないか、と自省すれば責任転嫁をする必要はない。それどころが、自分の至らなかったところに気づき、次に活かすきっかけにすることができる。
「今の若者は弱いと言いますが、とんでもありません。活動の意図を理解しさえすれば、非常に真面目に取り組みます。むしろここまで来ると、私たちが学生だった頃よりも、強いと思いますよ」(塩屋監督)
<すべての学生たちのために>
それにしても、予想外の特訓を言い渡された後、監督のもとを訪れた選手たちの気持ちは如何ばかりだったかと思う。一旦、自分が正しいと思ったことを引き下げた監督にしても同様だ。
福工大が教育のスローガンのひとつに、「For all the students」という言葉がある。教育者側はもちろん、選手、つまり学生側にも、「学校側が示してくれることは、自分たち学生のためを考えてのことだ」という意識があるのだろう。自分たちのことを思ってくれたことに感謝する。それは、監督にとっても同様だ。「私も、心のどこかで、監督として、慣れてしまったところがありました。強化訓練を行ない、選手たちが付いてきてくれたことで、私自身も、監督として、教育者として、殻が破れたと思っています」(塩屋監督)。この心の響き合いが、チーム全体の結束力を高めてくれた。
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