海の表層海水と深層海水の間には、15℃から25℃の温度差がある。この温度差による熱エネルギーを利用して電力を生み出すのが「海洋温度差発電」だ。この海洋温度差発電の原理は、1881年にフランスの科学者ダルソンバルによって考案されたものであるが、実用化は長い間、実現しなかった。その実用化へ向けて着実に開発を進めてきたのが、佐賀大学元学長で、NPO法人海洋温度差発電推進機構理事長の上原春男氏である。上原氏が進めてきた海洋温度差発電とウエハラサイクルについてレポートする。
<アンモニアでタービンを回す>
読者の多くが想像する発電とは、おそらく次のようなものだろう。石油や石炭、ガスを燃焼させて高温度のガスを用いてボイラーで水蒸気を発生させる。原子炉で水蒸気を発生させる。その高温の水蒸気をタービンにぶつけ、タービンを回転させ、発電機を回転させて発電する。そして、タービンを出た水蒸気を、海水を用いて復水器で冷却し水に戻す。その水をポンプでまたボイラーや蒸発器に戻す。この循環で発電をし続ける。火力発電や原子力発電では、高温の熱源と低温の熱源が得られるので、その温度差は火力発電では約1,000℃、原子力発電では約150℃となる。そのため、熱効率も高い。
ところが海洋温度差発電では、海水の温度差はたかだか15℃から25℃しかない。原理的に熱効率は小さく、発電ができるとは考えにくい。その無謀とも思える発電に挑戦してきたのが上原春男氏である。
上原氏はまず、火力発電や原子力発電では作動流体に水を用いることに着目した。温度差が高いと作動流体に水を用いるのは当を得た考えである。
しかし、上原氏は温度差がたかだか20℃しかない海洋温度差発電で、作動流体に水を用いるのが適当であるのかという疑問を持った。答えは「水ではダメ」というものだった。
では、何にするのか――、ここから上原氏の苦闘が始まるのである。そして3年の研究期間をかけて得た結論が「海洋温度差発電の作動流体にはアンモニアが適している」というものであった。
アンモニアの沸点はマイナス33℃である。そのため、常温の20℃では蒸気化している。そのアンモニアを高圧にすると液化する。28℃では、約11気圧にするとアンモニアは液化する。この性質を利用して、大きな容器のなかに多数の細管を持つ蒸発器の細管の内側に28℃の表層海水を通す。そして高圧のタンクからポンプでアンモニア液を蒸発器の細管の外側に通すとアンモニア液は加熱され、アンモニア蒸気が発生する。このアンモニア蒸気をアンモニアタービンにぶつけると、アンモニアタービンが回転する。すると発電機が回転し、発電する。そこでタービンを出たアンモニア蒸気を凝縮器の細管の外側に通し、細管の内側に深層の5℃の冷海水を通すと、アンモニア蒸気は液化される。この液化したアンモニア液をアンモニアポンプでまた蒸発器に送る。
この循環を繰り返すことで、表層海水と深層海水のみで発電をし続けることができる。海洋温度差発電の原理は簡単であるが、その技術はかなり高等なものである。
<ウエハラサイクルの特徴>
前に述べた海洋温度差発電の仕組みは、1853年に発明された「ランキンサイクル」【図1】に基づいたものである。このランキンサイクルを用いて海洋温度差発電所をつくると、熱効率はたかだか2~3%しかない。上原氏はこのサイクルより熱効率が高いサイクルはないものかと考え続けた。そしてある日突然、「アンモニアに少しだけ水を加えたらどうなるだろうか」と思いついた。そこで、アンモニア90%に水10%の混合物質の作動流体を用いたサイクルを考えついた。それが現在、「ウエハラサイクル」と呼ばれるものである。
その仕組みは【図2】にあるように、かなり複雑なものである。しかし、種を明かすと、このサイクルは2つのサイクルから構成されていることがわかる。
1つは従来のランキンサイクルである。他の1つは、吸収サイクルと呼ばれているものに相当する。この2つのサイクルを同時に動かすために、タービンは2つ付いている。1は11~12気圧で動くタービン、もう1つは6気圧で動くタービンである。
このウエハラサイクルを用いて海洋温度差発電所をつくると、その熱効率は約5%となる。ランキンサイクルの熱効率2~3%を考えると、かなり高い効率であることがわかる。このウエハラサイクルを用いることによって、海洋温度差発電は実用化されようとしている。
| (後) ≫
※記事へのご意見はこちら