先端素粒子物理研究センター 准教授 吉岡 瑞樹 氏
ILCは、素粒子の謎を解明するのに役立つ可能性を大いに秘めている。その意義について九州大学理学研究院の吉岡瑞樹(よしおか・たまき)准教授に話を聞くと、「ILCでわかるかもしれない謎は、すぐには世の中の役に立つことはないだろう」と語る。しかし、「自然科学は歴史において産業と結びつき、人類の発展に貢献してきた」とも語る。吉岡氏は自然科学について、以下のように語ってくれた。「自然科学者は農家と同じ。最高の野菜をつくることしか考えていない。どう料理するかは料理人が考えることである」と。
<ヒッグス粒子の謎に挑む>
――まず、ILCの科学的な意義についておうかがいします。
吉岡 瑞樹氏(以下、吉岡) 昨年、スイスのジュネーブにあるCERNで、ヒッグス粒子だろうという素粒子が発見されました。これは、素粒子の標準理論で予言されていたものなのですが、実際に発見されたということには大きな意義があります。その詳細な研究をILCでは行なうことができます。
――ヒッグス粒子のニュースは世界中を駆けめぐりました。それほど大きな意義のあることなのですか。
吉岡 物質を構成するものを細かく見ていくと、原子に行きつきます。原子をさらに細かく見ると中性子、陽子、電子に分けられ、さらにそれを細かく分けると、クォーク(アップ・ダウンなど6種)、レプトン(電子、電子ニュートリノなど6種)、ゲージ粒子(光子・W粒子など4種)に分けることができます。今のところ、それ以上分けることのできないとされているもので、それらを"素粒子"と呼んでおります。その素粒子のなかにヒッグス粒子が加わったことで、17種類の素粒子が確認されたことになります。ただ、ヒッグス粒子はこれまで知られているどのタイプの粒子とも異なっており、多くの謎があります。それを研究することは、あるいは宇宙の神秘を1つ解明することにつながるかもしれません。それが学術的な意義だと言えます。
――ヒッグス粒子はCERNで発見されたのですから、何も大枚をはたいて新たな施設をつくる必要はないのではないでしょうか。
吉岡 CERNで用いられるのは主に陽子です。これは素粒子ではありません。従って、素粒子ではないもの同士をぶつけることで、見たい反応も見られるが、見たくない反応まで見えてしまいます。それによって「像のぼやけた写真」のような分析結果しか得られないことになってしまいます。ILCでは、加速媒体に電子と陽電子を用いることが計画されています。電子は素粒子ですので、より純粋な反応を見ることができると期待されています。また、CERNは円形の加速器のため、加速してカーブを曲がっているときにエネルギーが光となって抜けてしまいます。十分なエネルギーを蓄えさせるためには、長い直線があった方が有利ということになります。ILCは直線加速器ですので、そういった問題がクリアされることが期待されます。
――ILCが完成したら、まずはヒッグス粒子の研究から始まるのですね。
吉岡 そうだと思います。ILCの設計はヒッグス粒子程度の重さの粒子を観察するのにちょうどよいものとなっております。まずは、ヒッグス粒子を大量に生成できるように加速器をチューニングして研究を重ねることから始まると思います。
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<プロフィール>
吉岡 瑞樹(よしおか・たまき)
九大准教授。高エネルギー加速器研究機構(通称KEK)の研究員を経て九州大学へ。福岡県が主催する市民向け科学講座サイエンスカフェにも積極的に参加し、市民の科学への興味を盛り上げる活動も。
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