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ライフライン地震工学とは何か~人命救助のための都市インフラのあり方
連載コラム
2013年6月18日 16:18

 ASCE(米国土木学会)にTCLEE(ライフライン地震工学技術委員会)が設立されて以降、地震が発生時に、構造物としてだけでなく、都市機能としての上下水道や電力、ガスなどの社会インフラをどう守っていくかについて、研究が重ねられてきた。「ライフライン地震工学」とはどういう学問なのか。ライフラインにはどういう機能が求められるのか。ライフライン地震工学を専門とする神戸大学大学院の鍬田泰子准教授に取材した。

 地震工学の分野における「ライフライン」という言葉の学術的な定義は、1971年に発生したサンフェルナンド地震をきっかけに、米国UCLAのマーティン・デューク教授が論文中で使用したことに始まる。デューク教授は、ライフラインの特徴として、「公共性が高いこと」、「システム・ネットワークを形成していること」、「物質・情報などの伝達機能を持っていること」、「構造的破損と機能的損傷が異なること」を挙げている。

kawata.jpg わが国でのライフライン地震工学は、1972年、成田空港への燃料パイプライン建設が始まり。地中構造物に適した耐震設計法(応答変位法)が導入された。地上構造物に関する耐震設計法(震度法、1914年)はすでに確立されていたが、地中構造物に作用する外力を考慮した設計法は存在しなかった。地上と地中では地盤からの影響の有無が異なり、計測、解析方法が異なる。地上構造物では慣性力が効くが、地中構造物は地盤から受ける復元力が大きいという違いがある。つまり、この復元力を考慮したのが応答変位法というわけだ。これを機に、上下水道などの耐震設計として普及していくことになる。鍬田准教授は、「ライフライン地震工学は生まれてたかだが40年の後発の研究分野。要素構造物の耐震性評価から、現在ではシステム工学や社会工学などが融合した広範な研究分野になったが、まだまだ研究すべきことはある」と指摘する。

 ライフラインの歴史に関して、鍬田准教授は興味深い資料を見せてくれた。23年9月の関東大震災の被害報告書だ。報告書には水道やガスに関する記述があり、こう書かれている。「地盤軟弱なる場合には必ず基礎工事を施すべきこと」、「堀端、河岸、崖地に幹線の布設を避くること」、「自動遮断装置(多額の費用を要せざる装置の案出)」――云々。「これは現在の地震の被害報告書と大差ない。当時の技術者は地中構造物の耐震設計をちゃんとわかっていた証拠」と指摘する。また、後藤新平が起草した帝都復興計画には、水道やガスを共同溝化する事業も盛り込まれていた。残念ながら予算が削られ、当時共同溝化は実現しなかったが、その先見の明には驚く。「自分たちの研究は40年しか経っていないのか、実はもっと前からあったのか。いろいろと考えさせられる」と語る。

 地震を経験しないと地震に関する新たな基準が作り出されない――。わが国のライフラインに関する耐震工法指針は、地震による被害を教訓に見直されてきた。鍬田准教授は「教訓が反映され構造物の耐震性は向上しているので社会には貢献しているのだが、実際は技術が経験の後追い」と手厳しい。「地震被害を予見して、先に手を打つような取り組みがそろそろできないか」と、ライフライン研究に携わる者として忸怩たる思いを漏らした。

 では、ライフライン地震工学は何をしてきたのか。例えば、GIS(地理情報システム)を用いた管路網の地震リスク分析がある。管路被害予測や復旧日数予測、ネットワークの信頼性解析などを行ない、地震後のライフライン機能の確保につなげる手法だ。また、近年通信網の整備によりリアルタイム被害想定も可能になった。これらは阪神・淡路大震災を機に研究開発が進んだ分野だ。ただ、国や自治体などが行なうライフラインシステムに関する地震時の被害推計技術は、阪神・淡路大震災のデータがもとになっている。神戸の震災は大きな教訓だったが、一つの事例に過ぎない。例えば、阪神・淡路大震災は断層長さ40km程度の地域での被災だったが、東日本大震災は500kmの広域災害。「神戸の知見はどこにでも適用可能だとそれに頼りきっていたのではないか」と警鐘を鳴らす。

 日本のライフライン地震工学は今後どうあるべきか。日本では、構造物の耐震性評価、その対策を着実に行なってきた。「今後は耐震性よりもその機能を把握し、そしてその情報を住民にうまく届けなければならない」と鍬田准教授。福島の原発事故のように、ライフラインに関する情報が技術者だけの理解に留まっては、ライフラインとして本当に機能しているとは言えないからだ。「中央防災会議などの被害想定は、基本的に被害数だけが示される。住民が数を見て何がわかるのか。住民個人の地震対策につながる情報の出し方や示し方に変える必要がある。その点、工学に携わる研究者として、実社会に貢献していかなければならない」(鍬田准教授)。ライフラインとは文字通り「命綱」。人の命を救うためのインフラを指す。人の命を救うために都市機能はどうあるべきか。ライフライン地震工学が目指す道はそこにあると思われる。

【大石 恭正】


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