<汚点は中国への新幹線技術の供与>
川崎重工で、なぜ、クーデターが起きたのか――。
長谷川聡氏は、およそワンマンタイプではない。愛知県春日井市の出身。1972年に慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程を修了、川崎重工に入社した。発電用のガスタービンやジェットエンジンの設計に長く携わった技術者だ。ガスタービン・機械事業部門を歩み、2009年6月に社長に就任した。長谷川氏は、同事業の受注高を過去5年間で倍増、営業利益を3倍に拡大した実績が評価された。
「困難な時こそ人の真価が分かる。逃げるわけにはいかない」。長谷川氏は、大橋忠晴社長(当時、現・会長、株主総会後退任)から次期社長を打診され、こう決意した。
新社長に就いた長谷川氏が打ち出したのが「インフラ輸出」だった。日本の独自技術である「新幹線」ブランドを武器に、世界に鉄道車両を売り込む戦略を立てた。鉄道などのインフラは必ずしも専門家ではないが、日本企業による原子力電力、鉄道などのインフラ輸出のトップランナーに立った。
だが、中国に新幹線技術を供与したことが大問題を招いた。11年6月に開業した中国の北京-上海を結ぶ中国版新幹線「和諧号」に、川崎重工は鉄道車両の先端技術を供与した。ところが、中国側は「独自開発」を主張し、米国や日本などで技術特許を申請する方針を打ち出した。川崎重工は中国に対して04年から鉄道車両の技術供与を行なっているが、中国で特許を取得していなかった。
もともと川崎重工およびJR東日本による中国への車両技術の供与については、JR東海が強く反対した。技術が盗まれると確信していたJR東海は技術を出さなかった。JR東海の山田佳臣社長は同年6月29日の会見で、「新幹線技術は国内のメーカーと旧国鉄の技術陣の長い期間にわたる汗の涙の結晶だ」と述べたうえで、技術供与した川崎重工に対して「技術立国に恥じない対応をしてもらいたい」と、特許侵害に断固対処するよう求めた。
<カンパニー制の弊害>
中国への新幹線車両への技術供与には、今回のクーデター事件に通底するものがある。カンパニー制の弊害が出たという点だ。事業部制に市場原理を導入し、より独立会社により近づけた形態がカンパニー制だ。川崎重工は田崎雅元社長が01年にカンパニー制を導入した。
川崎重工の経営の特徴は、7つのカンパニーの集合体だということにある。全社売上高のうち最大の航空宇宙事業の18.7%から船舶海洋事業の7.1%まで7つの事業が並んでいるが、中核と言える事業がない。それぞれ事業を受け持つカンパニーが競争して、全社の収益の向上を図る仕組みを取り入れている。
その弊害が、中国への車両技術の供与だ。車両カンパニーは、カンパニーの受注を何よりも最優先して、特許取得を怠り、新幹線技術をみすみす盗まれてしまった。
取締役会はカンパニーのプレジデント(代表)で構成される。社長を追われた長谷川氏はガスタービン・機械カンパニー、取締役会議長を務める大橋忠晴会長は車両カンパニー、新社長に就いた村山滋氏は航空宇宙カンパニーの出身だ。
かつて川崎重工には、社長・会長を務めた大庭浩氏(03年に78歳で死去)というトップダウン方式を採るワンマン経営者がいたが、現在の川崎重工はカンパニーのプレジデントたちの合議制である。カンパニーのトップの多数決で決まる。社長がトップダウンで事を進めることは封じられている。
M&A(合併・買収)は長谷川氏直属の企画部門が担当した。三井造船との統合の動きを、カンパニーの役員たちが「取締役会を軽視した」と判断し、多数決で社長を解任したというのが真相に近いと言える。クーデター事件の翌日14日の東京株式市場で、川崎重工の株価は一時、前日比終値比27円高の333円まで上昇した。三井造船との統合交渉の白紙撤回がプラスに評価されたのである。
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