就職活動と言えばインターネット。企業へのアプローチは「ネットから」が主流になって久しい。 しかし昨年、関西の大手製薬会社が就職情報サイトによる募集をやめる動きを見せたのを皮切りに、ネット一辺倒を見直す動きが加速している。従来から、ネットに頼る就活では、企業も学生側も、お互いのことがよくわからないという指摘はあった。
本書には、企業、団体の経営者や人事担当者がインターネット一辺倒から脱し、新しい採用方式を構築する際のヒントが多々書かれてある。
著者は長らくプロ野球の選手やコーチ、打撃投手やスカウトなど多くのチームを構成する人たちに取材経験のあるノンフィクション作家である。話の舞台はプロ野球であるが、そこで展開される手法(人を見抜く眼、交渉術、人を活かす手腕)は、プロ野球だけでなく、一般企業など、他の組織にも通用する普遍的な方法と著者は言う。
本書は、第1部「人を見抜く」、第2部「人を口説く」、第3部「人を活かす」の三部構成である。江夏豊、掛布雅之、野茂英雄、衣笠幸雄、米田哲也、山田久志からイチロー、松坂大輔、ダルビッシュ有、大谷翔平、藤浪晋太郎など読者もよく知っている選手がいかにスカウトされ、育成されたのかが書かれてあり、臨場感があってとても面白い。
「自分の眼を信じられなくなったらスカウトを辞めればいい。スピードガンを持っているだけならスカウトはいらない」(ヤクルト片岡宏雄スカウト)片岡氏は、当時大学球界ナンバーワンの投手を見に行き、その選手でなく、同チームの二番手投手、後ヤクルトのエースになる高津臣吾をドラフトで指名している。
「150キロ出ていても、140キロのほうがええ奴がいる。キレがようけある奴もいる。投手にとって大事なのは投げ方。先にスピードありきではない」、「よーい、ドンでストップウォッチで測るより、野球足というもんがある。陸上と違うんや。野球足とは、ずるい走塁、上手い走塁のことや。スタートが遅かったら駄目やし、センスが無かったらいくら速くても駄目や」(近鉄河西俊雄スカウト)
77歳まで現役で、江夏豊、藤田平、掛布雅之、阿波野秀幸、野茂英雄、中村紀洋、高村祐等の力を見抜いた稀代の名スカウトの言葉である。
プロ野球は「食うか、食われるか。良い人材を獲らなければ、こちらがやられるだけ」という典型的な競争社会だ。しかし、企業も団体も、今や良い人材を採用できたかどうかは、直接、自分の組織の栄枯盛衰に直結する。
インターネット一辺倒の就活以前には、「候補者が面接室に向かって歩いてくる靴音を聞いただけで、良い人材であるかどうかを判断できた」とか「30秒会っただけで、自分の会社に向いているかどうかを判断できた」などの名人事部長の逸話が山ほどあった。
すべてを昔に戻すのではなく、インターネットを通してあまりにも流れ作業になってしまった採用方式(額面上の数字、評価に頼り過ぎるあまり、人物全体評価を疎かにする)を見直すべきときに来ているのかも知れない。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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