単純明快な時代は終わった。高学歴だからといって決して安泰な人生を送れるわけではない。2010年に修士号や博士号を取った大学院卒業生は9万8,000人いるが、そのうち就職できなかった無業者が2万8,000人で、仕事には就いたが、非常勤や非正規採用が3万人。つまり、大学院を卒業した半分以上が身分不安定のまま世の中に出たことになる。
著者は、この本を通じて、世の中が激しく揺れ動く今、これからの若者が「働くことにどう向き合うべきか」という命題に挑戦している。寺島氏は三井物産戦略研究所会長、日本総合研究所理事長、多摩大学学長を務める傍ら、新聞、テレビ等のメディアに執筆、出演している。
筆者は寺島氏の本は10冊以上読んでいるが、本書はこれまでの寺島の著作と一線を画している。著者自身も「私の本音の部分では、若者に自分の人生を振り返って語る趣味はなく、自分の人生が今を生きる若者にそのまま参考になるとは思っていない。何よりも、昔話に浸る余裕がない」と語っている。それだけに、貴重な1冊だ。多くの若者に読んでいただき、自分の人生のキャリア形成の参考にしてほしいと思う。
本書は6章で構成されている。第4章を除く5章は全て人生とかキャリア形成に関する内容である。ここでは、時代認識について書かれた第4章「新しい産業社会への視線―時代認識への示唆」について少し触れたい。寺島氏のこれまでの著作の最先端エッセンスがとても分かり易く披露されているからだ。
第4章は(1)グローバル化と全員参加型秩序(2)アジアダイナミズムとネットワーク型の世界観(3)IT革命の本質(4)食と農業の未来(5)技術と産業の創生とTPP問題(6)エネルギー・パラダイムの転換と6つに分かれている。
「世界の人口はいま、年間1億人というペースで急速に増えている。ところが、日本民族はこれから40年をかけて3千万人減っていく。高齢化も進み、2050年には、約4割が65歳以上となる」(人口予測は外れない)
「相互不信があるからこそ、それを抑制してお互いの利益になることを模索するのが大人の知恵。アジア(中国・韓国等)と対峙する時、念頭に置かなくてはいけないのは"agree to disagree"という精神である。あなたの主張には賛成できないが、あなたが懸命に語ろうとしていることには誠意を持って耳を傾けるという姿勢だ」(日本の最大の弱点)
「シェールガス・シェールオイルによって、アメリカの『対中東戦略』が変わりつつある。さらに、世界最大の埋蔵量を有する中国のシェールガスを共同開発するため、米中シェールガス・タスクフォース協定が結ばれた。エネルギーの世界における国際競争はかくも激しい」(シェールガス革命)
サービス業の増加、分業化、効率化、グローバル化、IT革命の果てに、我々は「自分の納得のいく仕事」を見つけにくい時代に生きている。確実に進む少子高齢化のなか、すさまじい勢いで貧困も広がっている。「一億総中流」という幻想は「今は昔」の話で、労働人口の約34%が年収200万円以下という厳しい現実がある。
しかし、人生に誰にでも当てはまる一般解などなく、自分自身の特殊解に向かうしかないことも事実だ。その際には、本書はしっかりと手助けをしてくれるものと思う。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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