"ひみつ"とは、不思議な言葉だ。大切な人にひみつを持たれたりすると寂しい思いをするけれど、ひみつがあるからこそ、人として優しく生きられることもある。「アジア太平洋こども会議・イン福岡(以下、APCC)」が25周年記念として制作した福岡市民ボランティアによる自主制作映画「空飛ぶ金魚と世界のひみつ」にも、そんな不思議なひみつがあるのを、見つけた。
<より多くの福岡市民に参加してもらいたい>
APCCが始めて取り組んだ市民の手による自主制作映画。監督、脚本家、主要俳優などはプロを頼った。白羽の矢が立ったのは、地域創出型の映画事業での手腕が注目されている林弘樹氏。そして脚本家は、林氏と志と制作を共にしてきた、栗山宗大氏だった。
両氏が2011年に制作した「ふるさとがえり」は、岐阜県恵那市で市民総参加によって制作された。映画を通じて地域の活動を世界に発信したいと考えるAPCCの共感を得るのは、自然な流れだった。
映画事業に込められた願いは、国際交流プログラムに参加する子どもたちに、自分と違う考え、価値観、文化を持つ外国人と出会い、交流を深めることで得た新しい発見を、世界にはばたく人材への成長に活かしてほしいというもの。願いを夢で終わらせないためにも、より多くの福岡市民に映画制作に関わってもらうことが必要だった。「子どもたちの未来の可能性を拡げたい」、「共に子どもの可能性を育んでいきたい」、「この映画を通じて、こどもたち自身が自らを考え、夢を持って未来へ向け、たくましく進んでいける力を届けたい」という思いに賛同してくれる福岡県市民を募り、オーディションを行なった。ボランティアが担ったのは、映画への出演だけではない。参加者の食事を準備するなど、まさに縁の下の力持ちとして活躍する人々も集まり、最終的には300人ほどが映画に関わることになった。
だが、どんなに準備を整えても、ものごととはそう計画通りにいくものではない。大人数で1つのものを創り上げようとしているのだから、なおさらだ。しかもその多くは、映画づくりがはじめての市民ボランティア。試行錯誤を繰り返し、苦労に苦労を重ねることになった。
<"制作の苦労も計算のうち"、しかし・・・>
映画公開に向けて、そろそろ秒読み段階に入った13年5月。APCC専務理事、倉重一男氏、第25回実行委員長、安武健一氏、副実行委員長兼広報渉外部長、齊藤兼一朗氏、APCC市民で作る映画部会、部会長、廣田稔氏に話を訊く機会があった。そこで映画制作についての感想を尋ねたところ、皆、「この2年間は、本当に大変でしたよ」、「苦労の連続と言ってもいい」と苦笑する。だが、その表情はまんざらでもない。その理由は、「わざと苦労するようなつくり方をしましたからね。単にAPCCのプロモーション映画をつくればいい、というのであれば、楽なやり方もあったはずです。たとえば、協賛金をいただき、プロにすべてを任せるという方法もある。でも、それじゃ映画をつくる意味がありません」(第25回実行委員長の安武健一氏)ということらしい。つまり、最初から苦労するのは計算のうちであり、だからこそ、真にAPCCビジョンを伝えられるものができあがるだろうと考えていたわけだ。
だが、そんな頼もしい面々も、一度だけ肝を冷やしたときがあった。プロ側とボランティア側が、大衝突をしたのだ。
そのときの様子を、広報渉外部長兼第25回副実行委員長の齊藤兼一朗氏は次のように語った。
「プロの方々は、限られた時間内に計画通り仕事を行なおうとする、これは仕事人として当たり前のことです。そして、ボランティアスタッフの人たちが、厳しいプロ意識についていけなくなるのも、当然、起こり得ることでした。しかし、予想以上にその温度差が開いていったようです。だんだんとお互いの意志の疎通がうまくいかなくなり、挨拶にも力が入らない日々が続くようになりました。そんなある日、ついに市民ボランティアの方が、"すみませんが、話があります!"と申し出てきたのです・・・」
だが、この緊迫した状態こそが、映画になくてはならない"ひみつ"への扉を開くきっかけになった。
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