北九州都市圏屈指の総合病院として知られる九州厚生年金病院。その九州厚生年金病院の対応を巡り、ひとつの訴訟が動き出そうとしている。形の上では同病院と地元個人病院との確執が表面化したものだが、背後には、その上層部が抱える患者(受益者)軽視の姿勢と、医師の理論が支配する居丈高な体質が見え隠れする。地域医療を共に担う「地域医療支援病院」と地元医院との関係はいかに在るべきか――。
5.回答文書に潜む疑念
九州厚生年金病院から後藤院長の下に寄せられた回答は、(1)1月に紹介された患者を診療したのだから受け入れ拒絶はなく、(2)医師(医院)間の信頼関係が損なわれたことを理由に今後は他の医院に患者を紹介するよう勧めた、との2点を骨子とするものであった。
ただしこの回答、傍から見ると話の「すり替え」があるように思われる。すなわち、後藤院長はM院長の言葉を捉えて「今後の受入拒否」方針の有無を確認しているのであって、1月の患者の対応について問うているわけではない。1月の患者にだけ焦点を当ててしまえば、受入拒否がないのは当然である。また、「今後は他の病院に紹介するよう勧めた」というが、仮に現時点で後藤院長が紹介状を出せば、九州厚生年金病院はどのように対応するのであろうか。M副院長の言葉通りの対応であれば、理由はどうあれ、実質的には受入拒否ということにならざるを得ないだろう。同回答書面は、九州厚生年金病院側の弁護士によって作成されたものであったが、残念ながら言い逃れの域を出ていないと言わざるを得ない。結果として同回答文書は、「受入拒否はない」と主張する九州厚生年金病院のスタンスが強く滲み出たものであった。また、弊社からの質問に対して、九州厚生年金病院はノーコメントの姿勢を示し、これにより「受入拒否はない」との姿勢を貫いたと考えられる。
ウルサイ医師とは組みたくないので、今後の紹介患者は受け入れない――単にそれだけの話のようにも思えるが、九州厚生年金病院は、何故に「受入拒否はない」との姿勢に固執するのかとの疑問もわく。調べてみると、背後には法令違反の可能性が浮かび上がってくる。後藤院長側の弁護士によると、「地域医療支援病院」である九州厚生年金病院には、法によって特別の利益と制約があり、それとの関係で受入拒否(受信拒否)の有無が大きな意味を持つのだという。すなわち、M副院長の発言が法に抵触する可能性があるからこそ、九州厚生年金病院は頑なな態度を取らざるを得ないということになる。後藤病院側は、現在、訴訟の準備を進めている。
6.医療法違反の可能性
後藤院長の弁護を担当する本田健弁護士(小倉駅前法律事務所)によると、M副院長の発言は、営業妨害や不法行為といった一般的な法令違反(民法など)のみならず、地域医療支援病院の在り方を定めた医療法に抵触する可能性があるという。
福岡県の医療指導課によると、「地域医療支援病院」とは、地域の病院、診療所などを後方支援する機能と役割を担う病院であるという。地域医療支援病院となるには県の承認が必要で、地域病院からの紹介患者に対する医療の提供のみならず、医療従事者のため生涯教育等の研修、救急医療の提供なども主たる任務として課されている(医療法4条1項各号)。もちろん、それに見合うだけの対価も用意されており、何より割高に設定された診療報酬が病院経営の大きな柱となっている。
そして、医療法16条の2は、以下のように定める。
・第十六条の二 地域医療支援病院の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、次に掲げる事項を行わなければならない。
六 他の病院又は診療所から紹介された患者に対し、医療を提供すること。
3 都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、地域医療支援病院の承認を取り消すことができる。
四 地域医療支援病院の管理者が第十六条の二第一項の規定に違反したとき。
つまり、紹介患者の受け入れは義務規定であり、これに違反すれば県の承認を取り消される可能性もあるのだ。仮にそうなれば、575床を抱える大病院にとって経営上の大損失となりかねない。九州厚生年金病院とM副院長の頑なな態度は、こうした観点からも合点がいく。
小倉記念病院で評議員も務める本田弁護士は、「1月の事件以降、後藤院長は九州厚生年金病院に対して患者を紹介していないので、形式的には医療法16条に抵触しません。しかし、事前の紹介患者受入拒否の通告によって患者の受診の機会を奪うのであれば、法の趣旨を潜脱する行為です。地域医療支援病院の要職にある方の発言としては、不適切といわざるをえません」と語る。
※記事へのご意見はこちら