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日本医療に渦巻く不信、不満、不安を一掃!~「医療大転換」葛西龍樹著(ちくま新書)
書評・レビュー
2013年8月29日 07:00

 最近、施設で暮らす高齢者や鍼灸院に通う患者を医師にまとめて紹介し、見返りに医師から金を受け取る患者ビジネス「医は算術」が新聞を連日にぎわしている。今回の例を待つまでもなく「医は仁術」という言葉が死語になって久しい。

 2013年春、厚労省の検討会で日本医療の構造的欠陥を但し、「医療大転換」を期待できるかも知れないできごとが起こった。「小児科医専門医」、「外科専門医」等現在ある18の専門医の19番目として「総合診療専門医」を養成・認定することを正式に決めたのである。
 著者は「これは日本医療の新たな幕開けであり、多くの困難に直面する現行の医療を根底から変えるチャンス」と評価する。

 著者葛西龍樹氏は福島県立医科大学医学部地域・家庭医療学講座主任教授である。日本におけるプライマリ・ケアの第一人者であり、日本プライマリ・ケア連合学会理事、英国家庭医学会正会員専門医(MRCGP)になっている。

 プライマリ・ケアとは何か。それは、「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能」のことである。米国を除く先進国では、早い国では50年以上前からこのシステムを導入している。そして、このプライマリ・ケアの中心的役割を果たすのが「総合診療専門医」(世界的には「家庭医」という呼び名で統一されている)である。

プライマリ・ケア導入で何が変わるのか。正しく導入することができれば、(1)無駄な投薬や検査及び(2)患者のたらい回しが根絶、そして(3)24時間体制でいつでも医師に相談できる社会が実現すると、葛西氏は言う。

 「家庭医」は、日本医師会の言う「かかりつけ医(総合医)」とか「在宅医」とは似て非なるものである。諸外国の「家庭医」は、厳しい研修プログラムと認定試験を経て、資格を取得できる専門医師である。内科、小児科はもちろん、外科、産婦人科、精神科、整形外科など広範囲な領域のプライマリ・ケアをカバーする実力を要している。日本の多くの「かかりつけ医(総合医)」のように内科開業医がそのまま横滑りしてなれるものではない。

プライマリ・ケア先進国では、医学部を卒業した時点で、病院で二次・三次の専門ケアに携わる人と、一次ケア(プライマリ・ケア)をやる人に分かれて、それぞれ専門医としてのトレーニングを受ける。家庭医と他科専門医は競い合うのではなく、あくまでも相補的な関係にある。どちらが上で、どちらが下という関係ではない。

 なぜ、プライマリ・ケアという制度が重要なのか。それは、医療を一次医療(日常的で身近な病気やケガを診る医療)、二次医療(専門医の診療あるいは入院を伴う医療)、三次医療(二次医療では対処できない先端医療)と分けた場合、健康問題に対処する割合を示せば一次医療が8割から9割、二次医療がその残りの8割から9割、その他が三次医療となる。つまり、実際に専門医が必要な場合は、非常に限られているのである。例えば、プライマリ・ケア先進国のオランダのデータ(2010年)では、医療全体の実に95%は家庭医が対応しているのである。英国国民は職業全体の中で、家庭医を最も高く評価している。

 プライマリ・ケアの最大の効果は、その費用対効果の高さにある。人間はたいてい、いくつかの健康上の問題を同時に抱えている。それぞれの問題ごとに、異なる医者に受診すれば、それだけ時間もお金もかかる。「家庭医」であれば、それらの問題をほぼ一人で、引き受けることができる。患者は複数の診療所に通う必要がなくなり、時間的にも金銭的にも余裕ができるのである。

 日本はプライマリ・ケアの整備が世界的に見て30年以上立ち遅れている。実は日本でもプライマリ・ケアを導入しようという取り組みがちょうど約30年前にあった。1985年、旧厚労省は「家庭医に関する懇談会」を立ち上げて議論を重ねたが、日本医師会の強い反対で、いつの間にか構想は立ち消えとなった。これは日本の医療、国民の健康にとって非常に不幸な歴史と言える。

 葛西氏は、世界標準レベルの「家庭医」の養成をライフワークとしている。「病院にとって使い勝手のいい医療システムという考えは間違いで、幼児から高齢者まで患者一人ひとりの状況やニーズに応じる、患者にとって使い勝手のよい医療システムでなければならない」と力説している。

【三好 老師】

<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
 ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。


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