<「絆」(連帯社会)がもたらした健康!>
日本人の寿命がなぜ世界一長いのか。これまでか考えられてきた主な理由は、日本人の食生活、生活習慣、遺伝子そして皆保険制度である。もちろん、これらは重要な要因ではあるが、従来から、それだけでは説明しきれないことが指摘されていた。
では、寿命を左右する本当の原因は何なのか。ハーバード大学の社会疫学研究者たちがアメリカや日本などOECD(経済協力開発機構)諸国で行なった大規模調査の結果、日本文化に根づく「ソーシャル・キャピタル」が長寿と大きく関係していることがわかった。「ソーシャル・キャピタル」とは、古くから日本人の持つ「向こう三軒両隣」、「お互い様」、「持ちつ持たれつ」などと言う「絆」(連帯意識)のことである。地域の結束力や人との絆を高めれば、自然災害や貧困などの不利な状況に拘わらず住民の安全と健康を保つことができる。
イチロー・カワチ氏は、ハーバード大学公衆衛生大学院社会行動科学学部学部長・教授である。12歳でニュージーランドに移住、オタゴ大学医学部を卒業後、内科医を務め、1992年にハーバード大学公衆衛生大学院に着任している。
先のカワチ氏の研究グループが行なった大規模調査で、ソーシャル・キャピタルの高い国ほど長寿であることが一目瞭然となった。しかし、その結果1つの疑問が生まれた。それはアメリカである。当時の調査時点で寿命は、トップの日本(平均寿命は82歳)とアメリカ(77.8歳)には大きな開きがあった。しかし、ソーシャル・キャピタルはそれほど開きがなかったのである。
<「経済格差」の拡大が不健康の源!>
実は、寿命を左右する原因には「経済格差」が大きく関係していることが現在ではわかっている。アメリカでは、富める1%の人のみが所得を増やし、残りの99%の人の所得が伸びていない。所得の不平等を測る「ジニ係数」という指標がある。2007年時点でアメリカは0.45、スエーデンは0.23、日本は0.32である。ジニ係数が0.05改善するごとに約8%死亡率が下がることが分かっている。
資本主義社会で必ず生じる格差。それは、貧困層の命にまず打撃を与え、勝ち組の寿命をも引き下げる。所得の多い少ないに関係なく格差社会の「ツケ」は、国民全員で支払わないといけないのである。
イチロー・カワチ氏がこの本を書いた動機の1つは、アメリカに比べて小さかった日本の経済格差が非正規労働者の増加などで急速に拡大、今まさに日本の長寿は危機に瀕しているからである。
ジニ係数とソーシャル・キャピタルの間には、一方が高くなるともう一方が下がるという関係性がある。格差が激しい社会では、人々の心に余裕がなくなり、ソーシャル・キャピタルが低くなる。その結果、人々の健康が損なわれる。アメリカはこの典型であり、今、日本もアメリカと同じ道を辿ろうとしている。
さらに、経済格差は次世代にも影響を与える。母親の胎内にいる時や幼児期などに親が低所得だった場合、子供が将来、肥満、心臓病、糖尿病、うつになるリスクが高まることが分かっている。
先週23日、「所得が低い家庭の子供は、中・高所得の家庭の子供より、健康を害して入院する確率が最大で1.3倍になる」という衝撃的な新聞報道(国立社会保障・人口問題研究所)があったばかりである。
イチロー・カワチ氏は「健康の改善を個人の努力だけに追い求めるのではなく、社会の仕組みを変えることも必要です。税金などを通じて、所得の再分配を行なうことは、ある意味、健康政策と考えてもよいのです」と語っている。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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