インドネシア政府が運営するシドアルジョ海洋水産専門学校(Akademi Perikanan Sidoarjo、以下、APS)。その卒業式に招待された(株)ワイエルインベスト(本社:福岡市中央区、山本亮社長)の社員のひとり、川添香織氏は、持ち前の意志の強さと実行力で、明るく朗らかにインドネシアでの環境保全事業に取り組んでいる。一度は国内で福祉職に着く機会を得ながらも、より広く険しい世界で人々を支える道を選んだ。しかし同氏の笑顔からは、苦労の跡形すら感じられない。今回の卒業式参列に同行した記者が、その笑顔の理由に迫った。
<仕事をするために必要なことは現地で学べるもの>
――インドネシアは宗教上の理由もあり女性の地位が低いそうですね。日常でも仕事でも、男性の地位が高いのでしょう。
川添香織氏(以下、川添) やはり女性として戸惑いを感じたり嫌な思いをしたこともありますよ。しかし、だからこそ価値を認められれば嬉しいものです。
私は弊社において、森林保全事業にも携わっていて、スマトラの森林に分け入り、350m間隔で現地の森林保全状況を測定し、記録していく仕事を行なっています。そこに男性に混じって毎日出かけるのですが、森林に入るのが大変だからというより、「なぜ女性が?」という目で見られることも多かったのです。村長からも「(女性である)あなたは行く必要はない」と止められました。現地調査の仕事で来て、責任のある作業を担っているのですから、率先していくのが当然なのに、それがわかってもらえない。
しかし、言葉で説明するより行動で私の意志を示したほうが確実だと考え、何を言われようと仕事として私がなすべきことをきちんと行なっていきました。
毎日、黙々と現場へ向かう私の姿を見て、村長も認めてくれたようです。ある日ほかの女性たちが、「なぜ女性のあなたが男性と一緒に仕事に行かなくてはいけないの?」と言い出したとき、村長みずから、「いや、この人は行かねばならんのだ!」と、他の人たちを制してくれたのです。あの時は、「私の行動が認めてもらえたのだな」と、嬉しかったですよ。
――熱意と誠意は行動によって伝わるものなのですね。
川添 同じようなことがもうひとつありました。調査には、弊社の男性上司と共に入り、私は補助的な立場で仕事をしていたのですが、ある日、予定の作業日程を数日残して、上司が現場に行けない状況が発生したのです。調査機材の操作方法は大体現地の若者に教え指導していましたが、ちょうど新しい機材を入れたばかりで、指導者がいないと現場が混乱する状況でした。上司の代わりを担えるのは機材の使い方がわかる私だけ。あのときは、インドネシアの男性たちの作業部隊を率いて指導できるだろうか、皆、私の言うことに耳を傾けてくれるだろうかと、胸がどきどきしました。しかし、とにかくやるべきことをやろうと皆を先導して現地へ行き、自分に指導できることを遂行していきました。すると、彼らが私にいろいろと質問をし、頼りにしてくれるようになったのです。彼らの声に応えているうちに、いつしか彼らが私のことを、「ボス」と呼んでくれるようになりました。あのときは本当に感動しました。
――男性社会のインドネシアで、男性が20代女性を仕事の「ボス」だと認めてくれて、信頼してくれたのですか?それはとても名誉なことですね。
川添 ええ、この体験は、私のなかでも、大きな自信に繋がりましたし、一人前に仕事ができるようになったと実感した瞬間でもありました。
弊社には昔から、どんなに難しい局面に立とうと、理念のためには恐れず遂行していく社風があります。私は常日頃から、どんどんと仕事を進めていく上司の背中を追って、きちんと自分のやるべきことをやる、というスタンスで仕事をしてきました。そうすれば、上司も安心してさらに先へ進めます。会社全体が良い仕事をする一助を、私なりに担っていたつもりでした。上司の代わりを私が務めるというのも、そのスタイルのひとつでもあったのだと、今になってみれば思います。問題なく代行できたことで、さらに現地の人たちの、会社への信頼感を高めることができたのが嬉しかったですね。
――ところで、森林保全事業の件を、もう少し聞かせてください。
川添 弊社には、マングローブ植林事業を行なうワイエルインベストの関連会社として、森林保全事業を行なうワイ・エルビルディング(株)(福岡市中央区、山本隆明社長)があり、そちらで経産省の「地球温暖化問題等対策調査 (非エネルギー起源温室効果ガス関連地球温暖化対策技術普及等推進事業)」を受託し、「インドネシア共和国・南スマトラ州にあるマングローブ林を対象とした森林減少・劣化の排出削減と植林による炭素固定機能の強化等を組み合わせたREDD+事業の案件組成調査」を行なっています。その報告書を納入するために、現地調査に行き、報告書も書いています。
――REDD+事業とは?
川添 REDD(Reduction of Emission from Deforestation and forest Degradation in developing countries)とは「途上国における森林減少と森林劣化からの排出削減並びに森林保全、持続可能な森林管理、森林炭素蓄積の増強」の略称で、これにカーボンストックなどの概念を取り入れたものが、REDD+です。わかりやすく言うと、CO2の排出量の2割は、森林が地球から消えていくことで生じると言われています。これを食い止めることができれば、2割のCO2も削減できる、つまり発生する予定だった二酸化炭素を削減できるので、そのぶんをクレジットとして支払おうではないか、というのがREDD+の考え方なのです。ところがREDD+にはマングローブに特化した方法論がありません。弊社のようにスマトラで実施していることを事業化しようとするならば、自分たちで方法論を作らないといけません。そこで森林専門家や森林の状態を移す通信衛星の専門家と組み、経産省の調査を請負ながら取り組んでいます。仕組みを作るのに政府も動いているので、環境保全に興味を示す民間企業も仕組みづくりのために動いて欲しいと考えて、インドネシアの動向を調査しようとしているところです。
しかし、インドネシアは森林大国ですから、森林の活用抜きでは話が進みません。CO2の排出目標についても、自国でいろいろな法律も定めています。他国とは共有しにくい法律もあるので、そのあたりの交渉をうまく行なわないといけないでしょう。日本も森林国ですが、森林事業は後回しされがちで、2国間での意識の違いを感じます。
――国家レベルで信頼関係を結ぶには、また多くの課題があるようですね。
川添 ええ、しかし地球の環境を守ることは、国際的な課題です。マングローブ植林や森林保全事業も、そのなかの大切な事業です。できるだけ多くの人たちの理解と協力を得られることを望んでいますよ。
――ありがとうございました。
≪ (3) |
ワイエルインベスト主催のマングローブ植林ツアーに参加して、同社の現地での真摯な活動に共感し、協力を申し出る人たちも増えている。世界各地に活動の場を持つ福岡在住のアーティスト、中島晃子氏もそのひとりだ。現地でインスパイアされ、作詞作曲された楽曲を収めたCDは、10月に完成する。売上の一部は、マングローブ植林地の管理費用として寄附されるという。
※記事へのご意見はこちら