日本の都市デザインの第一人者であり、"キャナルシティ博多"のデザイナー、プロデューサー的役割を担った、千葉大学大学院教授の柘植喜冶氏。同氏は、世界各地の都市計画や施設計画にも参画しているが、「都市」の専門家から見た都市の面白さの真髄とは何か―。日本における都市づくりから、今後の福岡についてまで、同氏に有識者の立場からの話を聞いた。
――日本の現状はいかがですか。たしか柘植研究室では、3.11以降、東北被災地に対し「商業・街づくりが未来社会に対してできること」という提言をされています。どのような内容のものですか。
柘植喜治氏(以下、柘植) 世界の動きと日本の動きは相当違います。東北に関して言いますと、仮設住宅など居住系の復興は進んでいるのですが、商業など産業系はあまり復興していません。私たちは、東北に関わり、復興には、(1)「命の復興(人命救助等)」、(2)「生活の復興(商業、雇用、学校教育等)」、(3)「心の復興」の3段階あることがわかりました。心の復興には、とても多くの歳月が必要です。
商業の復興の遅れは、必ずしも震災だけが原因ではありません。背景には、成熟社会で、「ものが売れない、欲しがらない」など震災以前からの構造的な問題があるのです。そこで、未来社会、そのなかの商業の位置を見定めることが重要になってきます。これは東北だけの問題ではなく、日本全体、あるいは東南アジア全体の産業構造を考え直すべき根本的な問題の解決には至らないのです。
そこで、私たちのチームでは、「コミュニティをつくろう!」と提案しています。これは、被災地に限らず、日本中の苦戦している商業に共通していることと思います。たとえば、自転車屋さんがあります。自転車を売り、修理するのが主な仕事ですが、そこに自転車好きの仲間が集まってくれば、皆で一緒にツアーに行こうということになります。そこでツーリングのクラブができます。彼らはリピーターとなりコミュニティを形成し、結果、経済効果も生まれます。それぞれのお店がそれぞれのコミュニティをつくっていけば、その店という実空間(人、モノ、情報、お金によるクリティカル・マス)を意識したコミュニティをつくることが重要です。結果的に、商業の発展にも役立ちます。
実は、このアイデアは、現代社会で最も頼りがちな「情報通信の力」の次に来る可能性です。
――なるほど、かなり違いますね。ところで都市計画について、先生は米国での多くの時間を、世界的に有名なジャーディ・パートナーシップ社の主任デザイナーとして過ごしています。ここでは、どのようなことを経験、体験をされていますか。
柘植 ジャーディ社では、よく「オブジェクトメイキング(Object making)思考」と「プレイスメイキング(Place making)思考」を対比して考えていました。ほとんどの建築家、モノづくりの人たちは良いものをつくろうとするオブジェクトメイキング思考です。今まで日本はその技術が高いので、良い建築、良いモノづくりをしてきましたが、都市空間全体を見わたしたときに、すべてのデザインが主張しすぎて不協和音にあふれています。
そこで私たちは、オブジェクトとオブジェクトの間(between the objects)を大事にすることにしました。これがプレイスメイキング思考です。キャナルシティ博多は、まさにこの思考方法で生まれました。
キャナルシティの敷地模型の上に、大きな粘土の塊をドカッと置きました。そして、まずビルをつくるのではなく、スプーンで粘土をえぐり、キャナル(運河)をつくったのです。これで共有空間が出現し、残ったところが、ホテルとか商業施設の建物になりました。
これには伏線があるのです。我々のチームは米国からやって来て、福岡市内を隈なく歩き回りました。普通であれば、土地の値段が高く商業施設も集積している、博多駅とか天神地区に目をつけて開発を仕掛けます。ところが、我々が注目したのは、2つの川(博多川、那珂川)さらにその先にある博多湾の自然や、博多祇園山笠で有名な櫛田神社、住吉神社などの博多固有の歴史的資産だったわけです。そこで、私はまず敷地内に川を入れる絵を描きました。10年近くやっていたプロジェクトの最初の1週間目のことでした。
<プロフィール>
柘植 喜冶(つげ・きはる)
1977年多摩美術大学美術学部卒業、カリフォルニア大学(UCLA)大学院修士課程修了、ザ・ジャーディー・パートナーシップ 主任デザイナー、カリフォルニア大学(UCLA)客員教授を経て1996年から現職。主な設計にFashion Island(米国)、キャナルシティ博多(福岡)他。主な受賞にUIA 国際建築学会主催国際設計競技・最優秀賞、米PA誌・プランニング部門・年間最優秀賞、(社)DDA協会主催研究賞'95 大賞・朝日新聞社賞、通商産業省選定「グッドデザイン賞」他。主な著書に「環境をデザインする」(朝倉書店、共著)他。千葉大学大学院工学研究科都市環境システム学科教授。公益社団法人商業施設技術者・団体連合会会長。
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