<「今だけ、金だけ、自分だけ」という最近の世相>
「食」をめぐる日本の現状は危機的である。TPPによる例外なき関税撤廃によって、世界の食をアメリカが握り「食の戦争」に勝利するための戦略を強化している。アメリカの食料戦略の一番の標的は日本である。今最大の問題は、この事実を日本の官僚も政治家も経済人も皆知った上で、目先の自分の利益しか目に入らず「今だけ、金だけ、自分だけ」を忠実に実践、人の命よりも金儲けを優先しているところにある。
鈴木宣弘氏は農林通産省(国際部国際企画課)で農林行政に携わった後、九州大学大学院教授、コーネル大学客員教授を経て2006年より東京大学大学院農学国際専攻教授の職にある。専門の農業経済学の立場から農業政策の提言を続ける傍ら、数多くのFTA交渉にも携わる。
本書は戦略物資としての食料(第1章)~食の安全を確保せよ~食の戦争Ⅰ~食の戦争Ⅱ~アメリカの攻撃的食料戦略~日本の進むべき道「強い農業」を考える(第6章)で構成。アメリカの巧みな戦略と日本の無策によって引き起こされる「日本の食の危機」に警鐘を鳴らし、豊富なデータを駆使、生々しい交渉場面を再現し、その処方箋を試みている。
<貿易自由化で日本の「食の安全」が危険水域へ!>
「食料は軍事、エネルギーと並ぶ国家存立の三本柱である」ことは世界の常識である。ところが日本の食料自給率(カロリーベース)は現在39%しかない。これは遺伝子組み換え(GM)問題にしても、牛肉BST(牛成長ホルモン)問題にしても、すでに戦う"術"がないことを意味する。EUは牛肉BST問題等でアメリカと戦っているが、それは95%という牛肉自給率があるからである。
アメリカは徹底した食料戦略によって食料輸出国になった。「安く売ってあげるから非効率な農業はやめなさい」と諸外国にアメリカ流の戦略を説き、世界の農産物貿易自由化を進めてきた結果である。貿易自由化とは、比較優位への特化であり、輸出国が圧倒的に少数化していくことを意味する。
食の自由貿易化が推し進められる中で、とりわけ心配されるのが「食の安全」である。
例えば、遺伝子組み換え(GM)農産物の"長期"摂取の安全性は現時点では誰も分からない。子供たちが30年食べ続けて大丈夫かの実験に使われている。TPPでこの流れは加速、アメリカ基準に従い、遺伝子組み換え食品の表示義務が撤廃される可能性が高い。その背後にモンサント社がいるからである。今や世界の遺伝子組み換え種子・特許のほとんどを同社が握っている。
<GM作物の種子のシェア90%を握るモンサント社!>
多国籍企業・モンサント社はPCB、枯葉剤としてのダイオキシン等で充分に悪名高いが、同社の最大の技術力は「政治介入力」である。日本では官から民への一方通行の「天下り」であるが、アメリカでは、産(会社)、官(認可官庁)、学(大学・研究機関)とぐるぐる回るので「回転ドア」と言われる。
モンサント社の副社長が認可官庁であるFDA(食品医薬品局)の長官の上級顧問になり、長官が社長になる人事交流等は日常的なものである。アメリカのTPPの主席農業交渉官はモンサント社の前ロビイストであるイスラム・シディーク氏と報じられている。
NHKスペシャル(2008年)でアメリカ穀物協会幹部が「小麦は我々が食べるので遺伝子組み換え(GM)にしない。大豆やトウモロコシは家畜のエサだから構わない」と発言、物議を醸したことは記憶に新しい。今や、日本人の1人当たりの遺伝子組み換え(GM)食料は世界一と言われている。日本はトウモロコシの9割、大豆の8割、小麦の6割をアメリカから輸入している。
鈴木氏は「大規模化して企業が経営すれば強い農業になるという議論は短絡的であり、又食料に安さだけを追求することは命を削ることと同じである」と度々警告している。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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