<再生エネルギー特別措置法成立に奔走>
孫社長は「再生エネルギー特別措置法」の助産婦であった。東日本大震災から2カ月後の2011年5月14日、東京・赤坂の料亭で、孫社長は菅直人首相(当時)と密談した。会食は2時間以上に及び、孫社長は「自然エネルギーで盛り上った」と、菅首相と意気投合したことを報道陣に明らかにした。
菅首相は5月下旬、G8サミットが開催されたフランスで、「2020年までに自然エネルギーの全電力に占める割合を20%にする」、「太陽光パネルを1,000万戸に設置する」と大きなアドバルーンをぶちあげた。菅首相の発言は、孫社長から吹き込まれた内容をそのまま繰り返したのではないか、と政界では取り沙汰された。
孫社長が力を注いだのが、太陽光や風力などで発電した電気を、電力会社が買い取る「再生エネルギー特別措置法」だった。自然エネルギーで共闘を組んだ菅首相は同措置法を置き土産に退陣した。
法案の成立を受け、ソフトバンクは10月、再生エネ子会社SBエナジーを設立、メガソーラー(大規模太陽光発電所)ビジネスに進出していった。政治に働きかけて、ビジネスをつくり出す手法は「政商」と批判された。
鳴り物入りで登場した再生エネルギー買い取り制度だが、いまや開店休業の状態だ。買い取り制がスタートした12年7月から13年5月までに認定された発電設備は2,240万キロ・ワットで、このうち実際発電しているのは1割強の300万kWに過ぎない。
メガソーラー事業者は、高い価格で電力会社に電力を売る権利だけを取得し、太陽光パネルの値下がりを待って発電を始めるつもりなのだろう。
一方、北海道電力は送電網に接続できる容量に限界があるとして、事業者からの売電申請を門前払いした。ソフトバンクの子会社SBエナジーは北海道安平町など3カ所でメガソーラーの建設を計画していたが、中止を含め見直しに追い込まれた。買い取り制度はスタートから暗礁に乗り上げてしまった。
<狙いは東電の送電網の買収>
逆風はいつものことで、孫社長には想定内だろう。メガソーラー事業は、電力業界に乗り込む、入場券にすぎないからだ。狙いは、政府が検討している東京電力の送電網の買収だ。東電が原発事故の巨額の賠償金を捻出するため、発電と送電を分離して、送電網を売却すれば、その金額は5兆円を超えると試算されている。ソフトバンクが金融機関や投資ファンドを組めば、買収は可能な金額だ。
送電網が手にいれば、ビジネスチャンスは、さらに広がる。「アジアスーパークリッド」構想で日本まで引いてくる送電網につなげることができる。
<次々と野望を実現してきた底知れぬパワー>
孫社長は、高い目標を大々的にぶちあげて、自己暗示をかける。彼の人生をずっと貫いてきたやり方だ。そして、高い目標をやり遂げてきた。
06年、ソフトバンクはボーダーフォン日本法人(現・ソフトバンクモバイル)を2兆円で買収し携帯電話事業に参入した。この時、孫社長が掲げたのが携帯電話の「10年戦争」である。まずKDDIを抜き去り、次にNTTドコモとの直接対決に勝ち、10年後にトップに躍り出ると宣言した。通信界のガリバー、NTTに勝てるとは、誰も思わなかったから、周囲からは「また孫さんのホラ話がはじまった」と受け取られただけだった。
ところが、目標は10年もかからずに達成した。13年7月に米携帯電話大手スプリント・ネクステルの買収手続きを完了。携帯電話会社として国内首位のNTTドコモを上回って世界3位の規模の売上高になった。
モンゴルの風力を日本にもってくる。この構想は、今のところ夢物語である。しかし、次々と、高い目標をぶち上げて達成してきた孫正義社長のことだ。アジア送電網をつくる壮大な野望は実現できるかもしれないという予感を抱かせてくれる。
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