「強い日本を取り戻す」というスローガンを掲げて、政権を取り戻した安倍総理であるが、その強気の言動がどこまで国民の支持や海外からの評価を維持できるかは、今後の展開次第である。待ち受ける難題をいかにくぐり抜けることができるのか。まず、東京オリンピックの招致にとって決定打となったブエノスアイレスでの発言がどのようなブーメラン効果をもたらすか。意外に深刻な状況が待ち受けているように思われる。海外の記者団から福島第一原発の汚染水問題を指摘されると、安倍総理は自信満々の発言を繰り返した。即ち、「状況は完全にコントロールされている」と、国際社会に向かって大見得を切ったのである。
しかし、現実には、この8月にも貯水タンクからの高濃度の汚染水漏れが発覚し、「レベル3」の事故と認定されたばかりであった。安倍総理は汚染水について、「原発の港湾内の0.3平方キロメートル範囲内で、完全にブロックされている」と強調したが、果たして本当であろうか。実に疑わしい。港湾口には放射性物質の拡散を防ぐ水中カーテン「シルトフェンス」が貼られているが、「水溶性の放射性物質の移動は防げない」との指摘もあるからだ。少なくとも、状況を正しく伝えていない、との疑問が被災地からも出ていることが気にかかる。
なぜなら、汚染水は東電の敷地内の壁を超えて港湾内に流出しており、フェンス内の海水からベータ線を出すストロンチウムなどの放射性物質が、1リットルあたり1100ベクレル、また、トリチウムの場合は同じく4,700ベクレル検出されているからだ。東京電力は「フェンス外の放射性物質濃度は内側と比べ、最大5分の1までに抑えられている」と説明する。
しかし、フェンス内と港湾内、そして外海の海水は1日に50%ずつ入れ替わっているのが現実だ。トリチウムは水と似た性質を持つため、フェンスを通過してしまう。しかも1日400トンの地下水が漏れた原子炉建屋に流れ込むことで、汚染水は増え続けているのも現実である。地上タンクからは300トンの高濃度汚染水が漏れ、その一部は海に直接つながる排水溝を通じて港湾外に流失した可能性も指摘されている。これが「不都合な真実」となって安倍総理に襲いかかってくるだろう。
不十分な対策によるトラブルも相次いでおり、今後もリスクは残ったままである。こうした状況にもかかわらず、汚染水問題に対し、「完全にブロックされている」とか「状況はコントロール下にある」と自信満々に発言した安倍総理。強気は結構だが、現状との違いが明らかになった場合に、内外から厳しい批判や責任追及の声が湧き上がる可能性は否定できない。
好意的に解釈すれば、今回の発言を機に、国が全面的に汚染水対策に乗り出すきっかけになれば、とも思われるが、そう楽観視もできそうにない。なぜなら、完全に汚染水を食い止め、安全に処理できる技術は今のところ考案されていないからである。まさに、汚染水対策の前途は多難と言わざるを得ない。実際、原発事故のため、福島県の漁業は全面的に中断したままだ。9月には事故後初の試験操業を始める予定であったいわき地区の漁協も操業の延期を決定。つまり事態は一向にコントロールされていないのである。
更に、安倍総理は「食品や水からの被ばく量はどの地域も年間1ミリシーベルトの基準を大幅に下回り、100分の1に過ぎない」とも述べ、「健康に問題はない」と断言。確かに、厚生労働省によると、国内に流通する食品に関して言えば、放射性セシウムによる年間被ばく線量は0.009ミリシーベルトである。とはいえ、独協医大の木村真三准教授によれば、「福島県二本松市では、家庭菜園の野菜などを食べ、市民の3%がセシウムで内部被ばくをしている。健康への影響の有無は現状ではまだ判断できない」と指摘している。
いくら総理が、「私が安全を保障する」と言い切っても、実際に汚染水漏れを解決し、健康不安を払しょくするのは並大抵のことではないだろう。しかも、原発事故の健康への影響を聞かれた安倍総理は「今までも、現在も、将来も問題ないと約束する」と太鼓判を押した。ウクライナやベラルーシではチェルノブイリの原発事故から26年の時間が経過した今でも、健康被害が尾を引いている。低線量の被爆といえども、その影響は長期間のモニターが欠かせないのは世界の常識である。
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
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