TPPの影響のせいか、最近は農業に関する雑誌や本の出版が続き、セミナー・講演会も多く開かれている。現在も東京駅隣接の丸善・丸の内本店では「就農コーナー」が特設されている。
<そんなこと言っているから、農家に嫁が来ない>
久松氏は就農地を探す過程で、受け入れ先の行政機関や農家の人に言われて驚愕したことが2つある。
その1つは、会う人すべてが口にした「農業は1人ではできない、家族でするものだ」という言葉だ。自治体支援の条件は、ほとんどが夫婦就農で、家族の"無償"の労働提供が前提である。いわば最初から、経営破綻しているビジネスモデルだ。そのような環境のところに「嫁」が来るのだろうか。ちなみに、久松氏の奥さんは別の仕事をしている。
2つ目は、九州の自治体の就農担当者の「有機の人はいらない。我々が欲しいのは趣味の農業者ではない」、さらに「産地として確立しているピーマンを栽培しなさい。技術指導も受けられる。低利で融資を受けて設備を建てることもできる。絶対安全だ」という言葉である。絶対安全なら、どうして、「ピーマン農家の子どもは家業を継がない」のか?経営的に圧倒的に有利なはずの農業後継者でさえ選択しないやり方を、よそから連れて来た素人に無理やり押し付けているに過ぎない。
1970年生まれの久松氏は、慶応大学経済学部を卒業後、帝人(株)で輸出営業に従事。99年に農業へ転進し、久松農園を設立したいわば脱サラ農業人である。年間に50品目以上の旬の「有機野菜」を栽培、会員消費者と都内の飲食店に直接販売している。本書を書いた動機は、「農業はもっと強い産業にならなくてはいけない」という気持ちに尽きる。
本書は、有機農業の3つの神話~野菜がまずくなっている?~虫や雑草とどう向き合うか~小規模農家のゲリラ作戦~センスもガッツもなくていい~ホーシャノーがやってきた~「新参者」の農業論の全7章で構成されている。
まずは、読者の多くが信じていた有機栽培の3つの神話の否定から入る。「有機だから安全」と言うのはウソ。適正に農薬を使った普通の農産物と同じように安全と言う。続いて「有機だから美味しい」というのは事実ではない。野菜の味を決めるのは、栽培方法ではなく、栽培時期(旬)、品種、鮮度の3要素にあるからだ。最後に「有機だから環境に良い」というのも「イエス」ではなく、ケースバイケースである。一般的には、「農薬や化学肥料を使わない農業」を有機農業と言うが、著者は「生き物の仕組みを生かす農業」と定義する。
<7%の農家の売上が全生産額の6割を占める>
後半では、日本の農業の問題点をさまざまな角度から的確に指摘している。全国新規就農相談センターが10年以内の新規就農者にとったアンケートによると、7割強が農業所得だけでは生活ができず、うち6割は今後も、改善・生計のメドは立っていない。つまり、就農者全体の約4割が、10年以内に農業をやめることになる。
一方、日本の販売農家は約200万戸あり、そのうちの7%の農家の売上が全生産額の6割を占める。彼らは"農地法"に守られた販売金額1,000万円以上の資産家である。農地法のおかげで、固定資産や相続税、贈与税等が大幅に免除、実質的にはほとんど相続税なしで、親の家や土地を無傷で引き継ぐ。
生産手段(人と土地)がまったく流動化していないのである。さらに、農林水産省には2兆円を超す膨大な予算があるが、ほとんどはその資産家たちのために使われている。そこに、多くの役人や政治家や土木業者がぶら下がっているからである。
これらの根本的問題をすべて棚上げして、「青年就農給付金」(2012年度に創設)等と色々と人参をぶら下げても、上手くいくはずがない。実際に、最近は経験も見通しもまったくないのに、年150万円(最大で7年間支給される)の給付金目当てで、就農の相談に来る人間が激増しているという。
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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