4.6兆円の補助金を受けながら、3兆円の付加価値しか作りだせない日本の農業は今や絶滅の危機にある。農水省肝いりの「担い手育成事業」は、いつの間にか農地や農道に関する公共事業に形を変えた。農学部を卒業した優秀な若者は銀行や商社を志し農業には従事しない。平地の少ない日本では、マニュアル化された大規模生産ではなく、高度な土作り技能に特化した農業こそ優位性を持つと言われて久しい。
そんななかで「有機栽培農場」のフランチャイズを通して「経営としての有機栽培」を実現、今注目されている人物がいる。農業生産法人ユニオンファーム取締役総農場長の杜建明博士にきいた。
<農業は「国家の基本」であると言えます>
――杜博士にとって農業とは何ですか。
杜建明博士(以下、杜博士) 農業は2つ役割を持っています。それは、人類に対する「食の提供」と地球に対する「環境の保全」です。つまり、農業をやりながら地球環境・人類を守っていくことになります。鉱業のように資源が枯渇することもなく、また再生することが可能になっているからです。その意味で、世界どの国においても、農業は「国家の基本」になっていると思います。
<夜中まで勉強し遊んだ記憶がありません>
――杜博士はどのようにして農業の道に入ったのですか。
杜博士 根っからの農業人です。私は無錫・太湖の畔、江蘇省宜興市出身で生家は農家をしていました。10代で農業の手伝いをした経験もあります。文化大革命が終わり、大学が解禁になった混乱の中で78年に南京農業大学に入学しました。大変な競争率で、私は10代でしたが、同級生の年齢は、20代、30代とバラバラです。皆学問に飢えていたことと、大学に入ることは国づくりを担うことを意味しましたので、大学時代は毎日、朝から夜中まで勉強し、遊んだ記憶は殆どありません。
<収益性の高い立派な産業として成立する>
修士修了後、FAO(国際連合食料農業機関、本部はローマ)の奨学生(中国全土で10名)に選抜され、86年にイタリアのボローニャ大学に研究員として留学しました。イタリアでは大学で研究する傍ら、農家の果樹園等を視察しました。ヨーロッパの先進国イタリアの高い文明、文化に触れると同時に、近代的な農業整備・手法を学ぶことができました。イタリアへ行く前は、農業は大変なもので、苦労しても中々収益が上がらないものと思っていました。しかし、高品質なものが生産され、果樹園等が収益性の高い立派な産業になっていることに驚きました。
イタリアから帰国、南京農業大学で教えることになります。しかし、学生に農業を教えているうちにだんだん、実際に先進的な農業現場で勉強したくなりました。日本へのお話をいただいたのはちょうどそんな時でした。
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<プロフィール>
杜建明(と けんめい) 農学博士
江蘇省宜興市出身。南京農業大学を卒業後、1986年にイタリアのボローニャ大学に留学。帰国後、南京農業大学で講師を務めた後、94年に来日、筑波大学で農学博士号を取得。98年にアイアグリ(株)農業技術チーム主任研究員。2004年に(有)ユニオンファーム取締役総農場長。趣味のコントラクトブリッジでは、2度の「茨城県知事杯」優勝経験がある。
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