<自分の知識、経験を総動員して乗り切る>
――有機栽培を始めて、順調にいきましたか。
杜博士 とんでもありません。最初の2年は、「本当にこれでやってけるのだろうか?」と何度も思い、悩みました。ほとんどすべての野菜が虫に喰われました。正直、「泣きそう」になりました。当時は、アイアグリの研究員としての身分でしたが、早く成果を出さねばと焦りました。しかし、玉造社長は、このことは予想していたらしく、「急がなくてもいいから、解決できるまで、そのまま研究を続けて下さい」と心から支えてくれました。私も、「自分の知識、経験を総動員して乗り切ろう」と思いました。3、4年が経過し、やっと出荷が可能になりました。現在13年目を迎えています。
――何が、一番の障害でしたか。
杜博士 農業に従事するものの敵は、「害虫」、「病気」、「雑草」の大きく3つです。その内、何と言っても最大の難敵は害虫です。その退治のために化学合成農薬があるのですが、有機栽培はそれを使ってはいけないわけです。
<生物間相互作用ネットワークのメカニズム>
――有機栽培の従事者には、「天敵バンカー法」の技術を使う方もいると聞きます。これはどのような技術なのですか。杜博士はお使いですか。
杜博士 私も害虫対策の1つとして使っています。害虫問題に頭を悩ませていた時、研究論文で、「天敵バンカー法」を知りました。ヨーロッパ発祥の技術ですが、日本にも研究者、技術者がいることがわかりました。四国の施設園芸産地で実証実験をされていた農水省の長坂幸吉博士がつくばの研究所におられることがわかり、早速連絡をとり、色々と教えて頂きました。
この技術は、自然界の生物間相互作用ネットワークのメカニズムに立脚したものです。アブラムシを食べてくれるテントウムシなど、自然界には、害虫を捕食する天敵昆虫がいます。害虫を食べてくれる虫は栽培する側にとっては益虫となります。つまり、敵の敵は味方ということです。
たとえば、茄子の周りに大麦を植えると、大麦に色々な虫が集まって天敵昆虫の餌場となるので天敵が繁殖します。天敵が増えれば、茄子についた害虫を食べてくれます。ここで問題なのは、作物(茄子)の害虫を呼んでしまっては元も子もないので、上手な組み合わせが研究されています。これは、「天敵温存植物」と呼ばれる技術です。
必ずしも自然界の天敵を利用するばかりでなく、天敵となる昆虫を農業資材として購入する方法もあります。これは生きた虫ですが、"天敵農薬"と呼ばれています。ハウス内には天敵が入りにくいので、私どもも、年間を通じて購入しています。そして、自然界と同じようにハウス内にも天敵昆虫の餌場(餌昆虫とその寄生植物のセット)を作っています。ここで繁殖した天敵昆虫が、ハウスに侵入して来る害虫を防除してくれるわけです。これが天敵バンカー法(バンカープランツ)の仕組みです。
"天敵農薬"を購入すれば誰でもできるかというと、そうではありません。まず、前提として、化学合成農薬を使うと天敵はすぐに死んでしまいます。また、たとえ有機栽培農場であっても、生物間相互作用ネットワークのメカニズムを熟知していないと失敗します。
たとえば、バンカープランツにも、作物にも害虫がいなくなれば、天敵昆虫は餌がなくなり、死んでしまうわけです。そこで、一定の微妙なバランスでバンカープランツには絶えず虫がいなくてはいけないわけです。このバランス調整に当初はとても苦労しました。
<プロフィール>
杜建明(と けんめい) 農学博士
江蘇省宜興市出身。南京農業大学を卒業後、1986年にイタリアのボローニャ大学に留学。帰国後、南京農業大学で講師を務めた後、94年に来日、筑波大学で農学博士号を取得。98年にアイアグリ(株)農業技術チーム主任研究員。2004年に(有)ユニオンファーム取締役総農場長。趣味のコントラクトブリッジでは、2度の「茨城県知事杯」優勝経験がある。
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