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安倍政権がノーベル経済学賞から学ぶべきこと~植草秀一氏ブログ
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2013年10月16日 16:06

 NET-IBでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事から一部を抜粋して紹介する。今回は、2013年のノーベル経済学賞を受賞した米エール大のロバート・シラー教授(67)の経済分析の特徴を熟知する植草氏が、シラー氏の受賞および代表的著書『根拠なき熱狂』から安倍政権が何を学ぶべきかを論じた、10月15日付の記事を紹介する。


 2013年のノーベル経済学賞が米国の経済学者である、米エール大のロバート・シラー教授(67)、米シカゴ大のユージン・ファーマ教授(74)、およびラース・ピーター・ハンセン教授(60)に授与されることになった。
 3名の経済学者による、株式や債券、住宅などの資産市場の実証的分析、および価格形成理論構築への貢献が評価された。

 シラー氏は、心理学を応用した「行動ファイナンス理論」を用い、住宅バブルなど合理的には説明できない市場の動きがなぜ起こるのかを分析した。また、住宅価格の代表的指標である「ケース・シラー指数」の生みの親であり、08年のリーマン・ショックの原因となった米国の住宅バブルについて早くから警鐘を鳴らしたことでも知られる。
 シラー教授の代表的著作は、『根拠なき熱狂』(ダイヤモンド社)"Irrational Exuberance"である。私はこの書の日本語版監訳を担当し、巻末に解説を記述した。シラー教授のノーベル賞受賞を祝福したい。

 上記『根拠なき熱狂』の原典が公刊されたのは2000年3月。米国株式市場の本格調整が始動する直前だった。NYダウは2000年1月14日に11,722ドルの史上最高値を記録した。この株価が2002年10月9日には7,286ドルまで下落した。4,436ドル、37.8%の下落を演じたのである。シラー教授は米国株式市場が「根拠なき熱狂」に包まれており、早晩、株価の急落が生じるであろうことを予測した。

 シラー教授の経済分析の特徴は、上述のように、心理学的手法、人間の行動分析を重視する点にある。こうした研究分野は「行動経済学」、あるいは「行動ファイナンス」の領域として確立されているが、一般的な理論経済分析と大きく異なっている。
 一般的な理論経済分析においては、常に合理的な個人の存在が前提に置かれており、合理的な判断を行い、合理的に行動する「経済人」によって経済が動かされることが前提に置かれる。しかし、現実の経済活動のなかで行動する個人は、決して合理的な存在だけではない。合理的でない判断を示し、合理的でない行動を取る個人はいくらでも存在する。

 シラー教授は純粋合理的に行動する「経済人」だけが存在する、言わば「仮想空間」における一種のパズル思考で現実を分析する理論経済学だけでは説明しきれない経済現象が存在することを重視し、現実の経済分析を行うには、非合理的な側面をも有する人間の行動に光を当てなければ、現実を説明する理論にはならないことを強調したのである。

 シラー教授は著書のなかで、一種の群集心理が価格バブルを生み出すメカニズムを説明する例示として分かりやすいケースを提示してみせる。
 ある人が初めて訪れた場所で二軒の似たようなレストランを見つけたときに、一方のレストランを特に理由もなく選択する。あとから訪れる同じ属性を持った人々は、先人が一方のレストランを選択したことを根拠に、同じレストランを選択する。
 二つのレストランに格差は存在しないのに、一方のレストランのみに人が集まる。
 こうした人間行動のメカニズムを探り、このような人間行動が価格決定に重要な役割を果たすことがあり得ることを重視するのである。

 私は『根拠なき熱狂』巻末の解説に記述したが、私も経済分析において、人間行動の分析の重要性を指摘し続けてきた一人である。数理経済学においては、合理性の仮定を置き、その仮定が成り立つ前提で、精緻な理論分析を展開し、その結果得られる帰結が現実に発生することを予想するとのアプローチを取ることが多い。

 しかし、現実経済を動かしている主体は、コンピュータに制御された精緻な人間ではなく、生身の人間なのである。生身の人間の判断、行動は、完全なる合理性にのみ裏打ちされたものではない。合理性から大きく外れる行動を取り得るのが生身の人間である。したがって、現実の経済現象を分析する限り、単純な合理性前提の下での合理的な人間行動だけを分析しても、現実を正しく読み抜くことはできなくなるのである。

 シラー教授らのノーベル賞受賞は、別の角度から見ると、既存の理論経済学、理論経済分析の行き詰まりを示しているものであるとも言える。純粋合理性の仮定の下での経済変動分析は、現実を考察する上での土台を検証する意味で有用であり、意義のあるものだが、それだけで、現実のすべてを理解してしまおうとすることには大きな問題がある。
 人間行動の分析を抜きに、経済問題を考察することは、現実問題である経済問題へのアプローチとしては甚だ不十分なのである。

 シラー教授は2000年にかけての米国株価急騰を「バブル」であると判定し、そのことを一冊の書にまとめて世に問うた。NYダウが4割近い下落を演じるのは、2年後のことだった。経済学者の多くは、過去の分析では饒舌だが、未来のことがらについては多くを語らない。未来について語る場合、時間が経過すれば、その発言の妥当性が明確に検証されてしまうからである。
 しかし、シラー教授は、2000年の段階で、明確に米国株価の上昇は行き過ぎであることを明言した。そして、現実に米国株価は2002年にかけて4割の下落を示したのである。この点についても、正当な評価が必要である。

 当時の米国では、いわゆる「ニューエコノミー論」が広がっていた。1990年代後半に急速に広がったIT革命。同時に、米国企業は世界の大競争激化のなかで、抜本的な経営革新に突き進んだ。当時の米国企業部門の変革はBPR=ビジネス・プロセス・リエンジニアリングと呼ばれた。企業のビジネスモデルを根本から書き直し、そこに、ITを全面的に取り入れる。
 最大の変化は労働コストの断層的な削減だった。企業の生産性は一気に上昇し、これが、米国経済の高成長を持続させた。1997年から2000年にかけての米国経済成長率は平均で4%レベルに上昇した。米国経済の成長能力は2.5%程度と考えられていたが、この成長能力そのものが4%水準に情報シフトしつつあるとの見解が示されるようになったのである。
 これが「ニューエコノミー論」の考え方である。

 しかし、私はこの考え方に同調しなかった。IT革命の進行により、米国経済の効率が急激に高まったのは事実である。しかし、新しい技術を用いた、新しいビジネスモデルへの変更が経済全体に広がり、その転換が収束してしまえば、そこから先の米国経済の効率が、さらに断層的に上昇する理由は存在しない。
 米国経済成長率が2.5%レベルから4%レベルへ上昇したとしても、その成長率が長期にわたって持続する可能性は低い。ITの普及が一巡した段階で、米国経済成長率は元の2.5%水準に回帰する。この見方が広がる時点で、米国株価が反落することが予想されると考えた。
 『根拠なき熱狂』日本語版が刊行されたのは2001年1月であり、この時点でも米国株価の本格調整はまだ始まっていない。しかし、私はシラー教授の見解に同意し、米国株価の下方への水準修正は免れないであろうことを明記した。シラー教授は当時の米国株価が理解不能なレベルにあり、根拠のない、非合理的バブルであることをさまざまな角度から主張した。さまざまな行動経済学の分析手法を用いて、これを立証しようとした。しかし、私は、一般的な株価理論の枠組みを用いても、米国株価のバブル生成と、その崩壊予想を示すことは可能であると考えた。その要約を解説に記述したが、基本的な理論的分析の枠組みを用いて、現実を説明する、あるいは、未来予測を行うことは非常に有用である。

 日本では、昨年11月から本年5月にかけて、大幅な株価上昇が観察された。このことについても、私は、極めて簡単な理論分析の手法を用いて、株価上昇予測と株価水準予測を提示した。結果的には、ほぼ予測した通りの現実が生じた。それは、妥当と考えられる株価水準をPERで考える手法である。そして、PERを決定する要因として、債券利回りとの適正格差で考察するものだ。
 2000年1月時点でのNY株式市場におけるS&P株価指数のPERは44.3倍であった。
これは、過去120年間の最高値であり、シラー教授はこの株価水準を「根拠なき熱狂」、合理的に説明できないバブルであると判定した。
 しかし、現実の経済成長率が2.5%から4%に跳ね上がっており、市場参加者がこの成長率が将来も永続すると考え、さらに、株式市場の活況によって、株式投資に求める「リスクプレミアム」が大幅に低下しているとの現状分析を施せば、当時の株高、高いPERをある程度、合理的に説明することは不可能ではない。
 問題は、適正PERを算出する際に用いる、予想成長率の数値、リスクプレミアムの数値が適正であるかどうかの判断である。この数値が、近い将来、見直されることになるとの予測を置くことができれば、近い将来の株価変動を先んじて予測することができるようになるわけだ。

 これ以上、この問題に深入りはしない。関心のある方は、ぜひ、シラー教授の著書『根拠なき熱狂』(ダイヤモンド社)をお読みいただきたい。
 現実の経済は机上の空論で定まるものではない。現実経済を動かす生身の人間の行動によって変動する。この基本を改めて確認する必要がある。そして、株式市場では、人々がどのような先行き見通しを持つのかが常に重要になる。

 安倍政権が誕生して、財政金融政策を総動員して、日本経済を引き上げることを優先する政策を打ち出した。この政策対応を映して日本株価が大幅に上昇した。しかし、その安倍政権が態度を豹変させて、今度は消費税大増税に進む。安倍首相が見落としていることは、2014年度の財政デフレの規模が増税によるものだけにとどまらないことだ。
 2013年度に執行された2012年度補正予算効果が剥落する部分が、2014年度の日本経済にデフレインパクトを与える。これが13兆円分もある。合計22兆円のブレーキを踏み込めば、日本経済が崩れるのは火を見るよりも明らかだ。

 新しい政策決定が、生身の人間の先行き見通しを大きく変えて、この心理の変化が大きな影響を及ぼすことを忘れてはならない。ノーベル経済学賞決定の報を受けて、安倍政権としては、経済政策が人間行動に与える影響が甚大であることを改めて銘記するべきである。

※続きは、メルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』(有料)」第692号「安倍政権がノーベル経済学賞から学ぶべきこと」にて。


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