少子高齢化社会の進行にともない、社会保障費やインフラ整備費による地方財政の逼迫が懸念されている。本稿では、運動療法による高齢者の健康維持を提唱する大学教授と、地域医療に長年携わる医師を新たに迎え、健康づくりに向き合う各々の姿勢や行政に対する要望などを誌上鼎談の形式でお送りする。ご登場いただくのは、以下の3名だ。
北九州市長 北橋 健治 氏
筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授 田中 喜代次 氏
医療法人秀英会新庄整形外科医院 理事長 新庄 信英 氏
<運動で認知症は改善 地域ぐるみで支え合う>
――そうなると、認知症やメタボ、ロコモの予防が、要介護者の増加を抑える効果的な方策ということになります。田中教授は、運動療法の活用を提唱されていますね。
田中 超高齢社会となりつつある今、あらゆる意味で高齢者が元気に年を重ねる必要性が高まっています。もちろん、第一には高齢者が楽しく暮らすためですが、要介護者の増加によって社会保障費の増大が国家財政を圧迫したり、介護が家族の生活に影響をおよぼしたりと、公民双方の負担も看過できません。また、医学的な面でも、高齢者に多くの薬を処方することは好ましくありません。男性79歳、女性86歳の平均寿命のなかで、どうすれば8年から11年におよぶ不健康期間を短くできるかと考えたとき、出てくる答えは運動を通じて健康寿命を延ばすしかないというのが結論です。
私ども日本メディカルフィットネス研究会は、こうした健康に年を重ねる生き方を「健幸華齢」と呼んでおり、広く保健医療福祉分野において、行政・企業・市民団体などが医療との上手な連携のもと、個人による主体的な体力づくりを支援する取り組み、すなわち「メディカルフィットネス」の必要性を提唱しています。
新庄 私の病院でも、高齢者に対する薬の処方は慎重に行なっています。薬には必ず副作用がありますし、デイサービスを利用されている患者さんなどは、私が処方した薬だけを飲むわけではありません。とくに、睡眠薬を含むものは注意が必要です。副作用が強いだけでなく、患者さんを屋内に押し込めてしまうため、運動不足がさらなる体調の悪化につながる悪循環を招く可能性があるからです。昔ながらの方法かもしれませんが、運動による健康増進と疾病予防が何よりも重要です。
――そうした運動療法は、代表的な介護要因でもある認知症に対しても効果があるのですか。
新庄 その点に関しては、多くの研究結果があります。体を動かすことの習慣化によって、脳血流の増加や脳由来神経栄養因子の発現、ネプリライシン(タンパク質分解酵素の一種、認知症の進行にともない減少する)の増加などが見られ、これらが脳細胞を保護することで記憶力の向上や認知症の予防につながると考えられています。ただ、こうした運動の効能を説いても、患者さんはなかなか運動してくれません。医師として言いっ放しでは無責任だと悩んだ末、私は6年前から病院の近くでフィットネスクラブを運営しています。そこで患者さんに実際に運動してもらうわけですが、やはり同様の改善傾向が認められます。
――地域医療の現場から認知症予防の取り組みが紹介されました。行政としてはどのように取り組んでいらっしゃいますか。
北橋 認知症は非常に身近な問題ですから、本市では、予防から早期発見・早期対応、本人や家族への支援、安全の確保までの一貫した取り組みがなされています。早期発見・早期対応に関するものとしては、「ものわすれ外来事業」や「認知症疾患医療センター」の設置などがあり、地域医療機関との連携が進んでいます。また、認知症の方が地域で生活するうえでは、周囲の理解が欠かせません。そのため、認知症について正しく理解し、見守る応援者である「認知症サポーター」の養成にとくに力を入れています。これは厚生労働省が音頭をとる「認知症サポーターキャラバン事業」に基づくもので、北九州市ではすでに3万6,000人を超える方々が登録されており、人口に占めるサポーターの割合は政令市でトップクラスです。
そのほか、徘徊高齢者の安全を確保する「SOSネットワークシステム」やGPSを活用した位置探索サービス、地域全体で支援を必要とする人を見守り支援する「いのちをつなぐネットワーク事業」を進めています。
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