「芸術の秋」がやって来た。今、東京の美術ファンの間で、注目されている1冊の本がある。読者の多くは、美術館と言えば、新聞社、TV局が鳴り物入りで主催する「企画展」に行くことがほとんどだろうと思う。ところが、10月中旬に出版された『東京の名画散歩 印象派と琳派がわかれば絵画が分かる』の著者、"美術ソムリエ"岩佐倫太郎氏は「東京に住んでいるのであれば、それは全くもったいないことです」と言う。
<世界の美術フアン羨望の「美術都市」東京>
――この本を書かれた動機は何ですか。
岩佐倫太郎氏(以下、岩佐) 私は以前、人並みな美術フアンとして、新聞社やTV局等が主催する「企画展」に年間を通じて行っていました。しかし、東京が世界でも有数な美術都市であることに気づいてからは、むしろ「常設展」に興味をもつようになりました。
パリ、ウィーン、マドリッド、ワシントンなど世界的に著名な美術都市の中でも、間違いなく東京はその一角を占めます。海外から招来した洋画の名画の数はもとより、日本人画家による洋画、歴史的な屏風絵や絵巻物、東洋陶磁器、書蹟、さらに仏教美術、工芸品まで総合すると、その素晴らしさは世界の美術ファンがひとしく認めるところです。
私は自分の旅行や海外からの招聘でパリ、ウィーンなどの美術館に行くことがよくあります。驚くべきことですが、たとえば印象派の作品など、その館の代表作と遜色のない作品が東京にあることを逆に発見します。
それを裏づけるように、海外の著名な美術館で「企画展」が開催される場合には、東京の美術館の作品が貸し出されることもあります。
この本を通して、読者に、美術館には「企画展」とは一味違った楽しみ方があるということに気づいて頂きたかったのです。企画展は、国内外から借りてきた作品をテーマに沿って一堂にみることができるので、それはそれで素晴らしいものです。しかし、欠点もあります。例えば、海外からの名作などの場合は、ひどい場合は、1時間以上並んで、観賞時間(その絵の前に留まれる時間)が3分などというのもあります。もっともっと、じっくり味わって欲しいのです。
<個人としてのよみがえりを図ることができる>
このような考えに至ったのは、私が学者でなく、芸術家でなく、多くの読者と同じように、これまでビジネスの世界に身を置いてきた人間だからだと思います。「なぜ、我々は、絵画を鑑賞するのでしょうか」と考えてみるとよくわかります。
日頃、私たちの生活は、数字や知識など、ロジックでがんじがらめになっています。合理的に、生きるためにはやむを得ないかも知れません。しかし、たまには目や脳を合理的なものに奉仕するのをやめさせて、言葉のない世界に自由に開放し、好きなように遊ばせリセットしてやることが必要なのです。
「美術体験」は、間違いなく、個人が解放や癒しを得ることができる、つまり「個人としてのよみがえりを図る」、人として再創造することができる有効な体験なのです。
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<プロフィール>
岩佐 倫太郎(いわさ りんたろう)氏
京都大学文学部(フランス文学専攻)卒業後、広告代理店で、美術展、博物館や博覧会のプランナー・プロデューサーを歴任。2003年に株式会社ものがたり創造研究所を設立。
ジャパンエキスポ大賞優秀賞他受賞歴多数。
「地球をセーリング」(加山雄三)他作詞、「ウィンドサーフィン・レーシング・テクニック」他翻訳、「ニュージーランド・ヨット紀行」、「ハプスブルク、大いなる美の遺産」などヨットおよび美術関係の記事を雑誌に掲載。近著は「東京の名画散歩 印象派と琳派がわかれば絵画が分かる」(舵社)。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」は100号を超え、多くのファンを持つ。
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