<その場が"最高の時間"となる演出をする>
――「美術ソムリエ」とは、珍しいタイトルですね。そのミッションは何ですか?
岩佐倫太郎氏(以下、岩佐氏) 「ワインソムリエ」とは、レストランでお客のワインを選ぶ手助けをする、ワイン専門職です。ワインソムリエは、例えば、フランス料理を楽しむ約2時間をお客の好みや年齢、レベルなどに合せて料理とのマッチングを立体的に組み立て、より豊かな時間を提供するコンサルタントのようなものだと私は考えています。
どの料理にはどのワインが合うのかに始まり、今日はどんなテーブルなのか、誕生日なのか、プロポーズの席なのか、結婚して10年目の特別な記念日なのか等それぞれのシチュエーションを考えます。お客も相談しながら、これからの食事の楽しみに思いをはせ、自分たちだけで決めるよりも、食事の時間・空間を何倍も豊かにできるわけです。
「美術ソムリエ」としてのミッションは、絵画ファンや入門者の方に、それぞれのお好みに合わせて、美術館の選び方や絵の見方をリコメンドします。美術館を訪れた時、その場が"最高の時間"になるように情報の提供を行います。次第に、経験が重なり、自分の好みを確立し、その関心に沿って各地の美術館を回るお手伝いができたら最高と思っています。そうした楽しみ方の舞台として「常設展」に繰り返し行きましょうとご提案しているわけです。
<いつでもあなたをやさしく迎えてくれます>
――常設展とはどのようなものですか。
岩佐 常設展とは、美術館で期限を設けず、いつも見ることができる展示のことを言います。多くはその館の所蔵品です。上野の国立西洋美術館のように常設部分はほとんど変わらないところもありますが、実際の運用としては、それぞれの美術館で、年間企画がありますので、季節ごととかで展示更新を行うことが多いです。特に、日本画や水彩画は劣化の問題があって、油絵よりももっと作品の展示期間は短くなっています。それゆえに逆に、いつも新しい館の所蔵作品を見ることができるとも言えます。
もしも常設展でお気に入りの作家が見つかったとします。すると、次に私がお薦めしているのは、自分の好きな作家を訪ねる旅です。例えば、あなたが、印象派の巨匠クロード・モネを好きになったとします。モネを訪ねる旅を、私であれば「光と水の旅」と名付けてみます。
旅の起点はいつもの出発地、印象派の聖地「国立西洋美術館」(上野)かも知れません。そこで、「睡蓮」、「舟遊び」等を鑑賞し、水景や夕日の美しさを堪能します。次に、ブリヂストン美術館(京橋)に行くとすれば、「睡蓮の池」、「雨のベリール」、「黄昏 ヴェネツィア」等傑出した作品を鑑賞します。さらに週末には、ポーラ美術館(箱根)、DIC河村記念美術館(佐倉)、東京富士美術館(八王子)に行きます。
長期の休みがとれた場合には、新潟県立近代美術館(長岡)、北九州市立美術館(北九州)など国内のモネ作品を訪ねて旅をし、海外旅行なら、パリのオランジュリーやマルモッタン、ロシアに足をのばすならエルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク)などを訪ねたいと思います。このように、代表作が分かってくると美術館巡りがとても楽しくなります。
忙しいビジネスマンが東京出張で「企画展」に巡りあうことはまれです。ところが「常設展」は、いつでもあなたをやさしく迎えてくれます。新幹線に乗る前に、少し足をのばして、「国立西洋美術館」、「ブリヂストン美術館」をお訪ね下さい。一味違う、あなただけの東京出張の思い出ができます。
<プロフィール>
岩佐 倫太郎(いわさ りんたろう)氏
京都大学文学部(フランス文学専攻)卒業後、広告代理店で、美術展、博物館や博覧会のプランナー・プロデューサーを歴任。2003年に株式会社ものがたり創造研究所を設立。
ジャパンエキスポ大賞優秀賞他受賞歴多数。
「地球をセーリング」(加山雄三)他作詞、「ウィンドサーフィン・レーシング・テクニック」他翻訳、「ニュージーランド・ヨット紀行」、「ハプスブルク、大いなる美の遺産」などヨットおよび美術関係の記事を雑誌に掲載。近著は「東京の名画散歩 印象派と琳派がわかれば絵画が分かる」(舵社)。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」は100号を超え、多くのファンを持つ。
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