<「印象派」と「琳派」は入門者のスタンダード>
――美術館に行くのが楽しくなってきました。ところで、なぜ印象派と琳派なのですか。
岩佐倫太郎氏(以下、岩佐氏) 私は、絵の観賞のコツはワインの舌を養うことに似ていると感じています。フランスの赤ワインは、ピノ・ノワール(ブルゴーニュ系)やカベルネ・ソーヴィニオン(ボルドー系)を飲み続けることによって、判別する舌ができると言われています。先ずは、「キョロキョロせずに、同じものを飲み続けなさい」という教えです。
同じように、「印象派」と「琳派」という美術のスタンダードを鑑賞し続けることによって、絵の世界が広がり、いつの間にか自分の中でその感性が自然に育つようになります。
美術をちょっと好き、とか、あまり知らないけど趣味にしたいとか思っている人には、西洋画としての「印象派」と日本画としての「琳派」はゲートウェイとしてピッタリなのです。
美術史的に言えば、印象派は19世紀後半に生まれた今日の絵画の流れの大元です。代表的な作家として、モネ、ルノワール、ピサロらがいます。ここを抑えておくと、後の絵画の流れがつかめます。印象派から入ると良いと言えるもう1つの理由は、印象派の自然観照の深さです。面白いことに、我々日本人は何の知識を持たなくてもそれを純粋に楽しんで鑑賞できます。通じるものがあるのです。聖書の知識やエピソード、ギリシャ神話の家系図などが頭に入っていなくてもだいじょうぶです。
一方、琳派は、桃山後期から江戸時代にかけて興隆した日本画の太い流れです。本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一らが代表的な作家です。尾形光琳の国宝「杜若」や同じく国宝の「紅白梅屏風」を見れば、今日のグラフィックデザインと地続きであることがよく分かります。我々の美のルーツとも言えます。今の時代、日本画の持つ静謐さや気高さは、日本人だけでなく、世界中の人の心を打ちます。まさにクールジャパンです。
実は、この2つの流派は親戚関係にあります。印象派のDNAの中に、浮世絵から繋がる装飾性や平面性、自然美などがあります。実際に、モネは浮世絵のコレクターでした。我々は、印象派を見ながら、同時に日本の美意識を刺激され、再発見することもできます。「雨のベリール」と歌川広重の「大橋あたけの夕立」は兄弟のようです。
<広尾にある、日本画専門の「山種美術館」>
――出張で上京したビジネスマンにお薦めの美術館をいくつか挙げていただけますか。
岩佐 順不同で、3つ挙げさせて頂きます。1つ目は、「国立西洋美術館」です。上野駅公園口を出てすぐ目の前にあります。モネの名画の数々やミレー、クールベなど印象派前夜の著名な作品が揃って、大変に力量のあるコレクションです。ちなみに、65歳以上のシニアの方は、常設展は無料です。
2つ目は東京駅に近い京橋の「ブリヂストン美術館」です。ここには、モネ、ルノワール、クレーの名作の数々があります。
最後は、広尾にある、質・量とも最高の日本画専門の「山種美術館」です。ここには、速水御舟、奥村土牛、竹内栖鳳、横山大観、東山魁夷らの名画が揃っています。12月には和食がユネスコ「世界無形文化遺産」に認定される予定です。「和食」と「日本画」はまさしくクールジャパンの代表として、今後ますます世界的な価値を発信していくことになると思います。
――最後に今後の活動に関してお聞かせ下さい。
岩佐 ちょうどこの本を書き終えて、私は33年間慣れ親しんだ東京を離れ、故郷である大阪に転居しました。
関西に帰って改めてわかるのは、京都、奈良、大阪にも素晴らしい国立の美術館、博物館があり、特に焼き物、仏教美術などが優れています。さらに研鑚を積み、この続編として関西版を書きたいと思っております。もう一つは、ルネッサンスに今とても興味を持っており、機会があれば、ウィーンとフィレンツェの両方から、ルネッサンスを見つめ直してみたいと思っています。
――本日はありがとうございました。
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<プロフィール>
岩佐 倫太郎(いわさ りんたろう)氏
京都大学文学部(フランス文学専攻)卒業後、広告代理店で、美術展、博物館や博覧会のプランナー・プロデューサーを歴任。2003年に株式会社ものがたり創造研究所を設立。
ジャパンエキスポ大賞優秀賞他受賞歴多数。
「地球をセーリング」(加山雄三)他作詞、「ウィンドサーフィン・レーシング・テクニック」他翻訳、「ニュージーランド・ヨット紀行」、「ハプスブルク、大いなる美の遺産」などヨットおよび美術関係の記事を雑誌に掲載。近著は「東京の名画散歩 印象派と琳派がわかれば絵画が分かる」(舵社)。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」は100号を超え、多くのファンを持つ。
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