「日経ビジネス」編集部より取材を受けた。テーマは「団地(集合住宅)のこれから」である。「居住者の高齢化が進む団地が日本全土で増え続けている。その未来は明るいとは言えない。現在、日本が抱えている団地の諸問題、これが顕在化した理由。独居高齢者や外国人が急増し、生活習慣や文化の違いから生じるトラブル。その解決法。こうした諸問題に向き合い、積極的に解決しようとしている団地はあるのか? 日本の団地の未来は?」という多角的な質問を受けた。
5年前に出した拙著『団地が死んでいく』(平凡社新書)を読み、書かれた内容の5年後を再検証するという作業である。拙著に書いたが、全国にある住居の約4割が集合住宅(アパート含む)である。その集合住宅に急速に危機が訪れているといわれる。
取材の前日、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ」の「スタンバイ・トークファイル」というコーナーで、渋谷和宏(日経BP社総合コンテンツ局長)さんが、「全国のマンションが廃墟になる」というテーマで次のような興味深い話をした。高齢者問題にも抵触するテーマなので少し長いがまとめてみた。
総務省によると、全国にある空き家(室)は756万戸(戸建を含む)。総住宅数の13.1%にもなる。8軒に1軒が空き家(室)ということになる。その6割強の462万戸がマンションやアパートなどの集合住宅だ。一方、首都圏の新築マンションは、9月前年同月比77.3%増の5,963戸。平均価格も5,043万円で前年比22.4%増。億ションも好調である。新築マンションが供給過剰で、そのため中古マンションやアパートの空き室増に拍車がかかることになった。
空き室が半分以下になると、(1)管理組合が機能しなくなる。管理費不足でメンテナンス不能に陥り、老朽化に歯止めがかからず、景観を壊すどころか廃墟化する。(2)得体のしれない人が住みつき、防犯上問題を生じさせる。(3)隣近所住人がいなくなると住人同士のコミュニケーションも破壊され、孤独死が急増。それも長い間発見されずに悲惨な状態で発見される場合が多い。(4)賃貸料や販売価格を下げるだけではなく、「ペット可」「楽器演奏OK」などと居住条件を緩めた。そのためルールを守らない住人が出て、すでに住んでいる住民との間にトラブルが絶えなくなる。高齢化と少子化で日本の人口が減少。空き家(室)はさらに増加を続けることになるだろう。
一方、空き家(室)増加解消に、知恵を出して前向きに取り組む行政も出てきている。1998年の長野冬季オリンピックで新築マンションを急増させた長野市では、急増した空き家(室)解消法として、築35年、空き室率50%を超すマンションをピックアップ。そのリフォームを若い建築士や建築学を学ぶ学生を対象に公募。優秀作品を採用してリフォームを実施。若い人の入居を促した。
大分市でも空き室の多いマンションを、芸術作品制作発表の拠点として開放。10月12日から3カ月間、国の内外から招聘した10数組の若いアーティストに制作を依頼。イベントを通して若者と交流を図るという企画を実行中である。狙いは若者を呼び込み、入居してもらうということだ。最後に渋谷は「安い物件の増加はビジネスチャンスでもある。うまくいけば経営資源に生まれかわる可能性もある」と結んだ。
拙著取材中、多摩ニュータウン長山地区の奥に建つ4階建ての団地群のことを思い出した。ひとりの高齢女性が、飲料水の入った重いペットボトルを数本、レジ袋に入れたまま階段を上がっていくのに出会った。話しかけてみると、3階の住人で、ひとり住まいだという。子どもたちは交通の便のいい駅前にある高層マンションに引っ越した。同居を促されているものの拒否し続けているという。「だって、知っている人いないもの。多少不便でも住み慣れているから」と屈託のない笑顔で答えてくれた。エレベーターのない築40年を超す物件に買い手はつかないだろう。廃墟の予備軍団地とみた。あのときの老女は今どうしているだろう。多摩ニュータウンでは諏訪地区にある一部の団地で初の建て替えが進められている。建て替え条件が緩められているとはいえ、老朽化したUR団地では、建て替えとそれにともなう退去への反対問題が全国で急増している。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。
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