11月12日に薬事法の改正案が国会に提出され、審議に入っている（25日現在）。ところが、ネット販売をめぐる裁判で国に勝利したケンコーコム（株）（東京オフィス：東京都港区、後藤玄利社長）は、再び行政訴訟を提起した。新たな火種を燃え上がらせた原因は何か――。

＜検討会の議論は不十分だった＞
　今年２月から５月まで、11回にわたって実施されたOTC薬ネット販売のルールを決める検討会において、委員の口からはしばしば「医療用医薬品のネット販売の是非」を問う声が上がった。しかし、まずはOTC薬の販売ルールを固めようとの意見に従い、その話はひとまず持ち越しとされた。まずは安全性のハードルの低いOTCから片付けようというのである。

　ところが、OTC薬に限っても、28品目をめぐる十分な議論は検討会では尽くされないまま、全部で３回行なわれた専門家会合にゆだねられ、条件付の販売禁止という結果となった。さらに、厚労省でまとめた改正薬事法案には、処方せん薬の対面販売を義務化する条文も盛り込まれた。ケンコーコムが新たな提訴を決意した理由はそこにある。
　さらに、ケンコーコムの後藤社長の反骨心を裏付けるエピソードがある。

＜「人民は弱し　官吏は強し」の反骨心を受け継ぐ＞
　第５回目の検討会を２日後に控えた2013年４月３日のことである。後藤社長は都内のホテルにメディア関係者を招き、慶應義塾大学法学部・駒村圭吾教授の意見書に基づき、医薬品ネット販売規制をめぐる憲法問題について見解を示した。じつは同氏は、検討会の第１回目から、憲法学者を参考人として招くことを求めていたが、提案は座長預かりとされて最後まで実現しなかったという経緯がある。

　さて、その際、出席したメディアの記者らに一冊の文庫本が配られた。SF作家として知られている星新一著「人民は弱し　官吏は強し」という伝記風の小説である。日本で初めてモルヒネの精製に成功した製薬会社の社長で著者の父親でもある「星一（ほし　はじめ）」の生涯の一時期を描いた伝記である。同氏の自由な考えが保身第一の官僚たちの反感を買い、事業の妨害を受け、ついには裁判で訴えられて次第に窮地に追い込まれてしまうというストーリー。それでも、最後まで官僚や社会の矛盾と戦い、裁判で勝利する星一の生涯を重々しいトーンで描いている。当時ケンコーコム側から、配られた同書に関する説明はほとんどなかった。ただ、主人公星一の生き方に、後藤社長が自らの生き方を重ね合わせていたことは容易に理解できる。同氏が新たな行政訴訟を提起するに至った今日、その思いは一層強く伝わってくる。同書のタイトルは主人公が最後に発した言葉だが、そのほかにも次のような数々の感慨を吐露している。これは、後藤社長が主人公の口を借りて発している自らの覚悟とも受けとれる。

＜「妥協は悪魔」の覚悟で立ち向かう後藤社長＞
　「監督官庁を敵にまわして戦うのである。敵は権限という強力きわまる武器を持っている。死にものぐるいになれば、恥も外聞もなく、あらゆる手を使っていやがらせをはじめることも予想される」、「そもそも、法というものは国民のために存在しているはずです。私もまた、その国民の一員でございます･･････」「･･････阿片事件の発端から結審までの、このおびただしい犠牲の上に築かれたものに、なにがあるでしょうか。そこには、ただひとつの教訓があるだけです。われわれが持っている現在の文明には、まだ大きな欠陥があるという教訓が。このような取り扱いをされても、政府にはなんの損害補償をも要求できないのですから、国民とはあわれな存在と言わなければならない」、「星ははじめて譲歩をした。そして、それが後日、なぜ断固としてあくまで争わなかったのかと、後悔する種にもなるのである。人生においてふと訪れる、魔がさした瞬間とでも呼ぶべきものなのであろう･･････妥協は悪魔なり」――と、主人公は官僚たちに理不尽な仕打ちを受けたときに、即座に行政訴訟を起こさなかった自分を悔いることになる。

　同書の主人公星一はおそらく、後藤社長の師であり、反面教師でもあるのではなかろうか。「妥協は悪魔なり」とは、相当の腹を決めた人生にしか見出せない覚悟だろう。ケンコーコムの後藤社長はわが国の法学者をはじめ、さまざまなジャンルで活躍する著名人のネットワークを有する。また、国民も味方につけようとしている。国にとって厄介な相手を敵に回したものである。

　処方せん薬のネット販売に関しては、I.B本誌1890号（11月28日刊）、I.Bヘルスケア16号（12月6日刊）でさらに詳しく紹介する。

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