<ブロック主義の危険と新たな共同体誕生の可能性>
このところ中国による対日批判がエスカレートする一方であるため、アメリカのなかには、「日中戦争は不可避」といった論調も見られるほどだ。アメリカ議会下院の軍事委員会の海軍力・投射(プロジェクション)力小委員会では「中国との軍事衝突を想定した大規模な海軍力の増強が必要」との議論が出ている。具体的には「原子力潜水艦の増設と長距離対艦ミサイルの整備」に他ならない。
というのも、これまで世界貿易機関(WTO)の「ドーハ・ラウンド」(多角的貿易交渉)が失敗に終わったことを受け、近年では二国間や地域的な貿易協定が国際的な協調路線の潮流になってきたからだ。こうした二国間や地域間、多国間の自由貿易協定は排他的な体制に転換する可能性を秘めており、場合によっては、ブロック主義につながりかねないことは歴史の証明するところであろう。
たとえば、日本の民主党政権時代に提唱された「東アジア共同体構想」などは、アメリカから見れば、「アメリカ外し」と受け止められた。また、他方、現在アメリカが主導するTPPは、中国から見れば、「中国外し」と受け止められている。もちろん、日本もアメリカもこうした構想や協定は、「すべてのアジア太平洋地域の国々に開かれている」と説明しているが、それはあくまで建前に過ぎない。
一方、国際協調の観点からすれば、「経済的、あるいは政治的利益を最優先するのが国家の基本的な動き」というわけで、二国間あるいは地域間の経済連携は国家間の経済的相互依存関係を深めることになり、結果的には新たな自由市場や共同体の誕生をもたらす可能性を秘めている、という結論になるだろう。この視点に立てば、アジア太平洋地域で協議が進む地域的FTAは国家間の協力関係を増進させ、地域間の平和と安定を促進させるうえで、強力な道筋を示すことになるものと言えよう。
どちらの見方が正しいかは別にして、TPPが注目される背景には、こうした新たな視点から繰り出される「関税の完全撤廃」や「新機軸のビジネス・モデル」を原則としているからであろう。アメリカ的発想をベースに置くこれらの提案の多くは、従来の自由貿易協定の枠組みをはるかに超えるものである。であるがゆえに、多くの国にとって、そのハードルを越えるのは至難の業とも言えるだろう。
たとえば、日本はこれまでの自由貿易協定を通じて、工業品の関税はほぼゼロとしてきたが、米や乳製品など農産物には他国に例を見ないほどの高い関税を維持してきた。日本にとって、アメリカが強く主張する関税ゼロというハードルに対応するには、長年放置してきた農業改革をどのようなかたちで市場開放に結び付けるか、厳しい選択を突き付けられていることになる。その対応を誤れば、日本の国内的政治経済の安定も失われかねない。
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
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