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コダマの核心

企業・人、再生シリーズ(36)~再生させるのは経営者魂~野方菱光・林社長(前)
コダマの核心
2014年1月 6日 11:39

<ベトナムへ進出の検討>
 野方菱光(株)(福岡市西区)は生コン製造・土木などのグループ中核企業として総勢180人の従業員を擁している。果敢なリーダーシップを発揮して業界の存在感を築いてきた林社長も、2010年夏にはさすが精神的に参っていた。「コンクリートから人へ」という合言葉を背景に、国民が支持して民主党政権が誕生したのである。「生コン製造は悪」という風潮が世の中に蔓延していたことにも、林社長は苛立ちを感じていたのだ。

野方菱光(株) 林 宗一 社長 そして何よりも、事業存続の懸念が日増しに強まっていた。毎年、毎年、工業事業予算は削られる。民需もリーマン・ショックによって減っていく。当然、生コンの出荷量は下がる一方になる。毎晩、「このままでは遅かれ早かれグループ従業員180人の雇用は不可能になる」と悶々とした心理状態に陥っていた。
 根っからの福岡出身の林社長である。過去に一度も福岡を離れて事業をやることを考えたことはない。だが、この時点では「発想の転換も必要だな」と痛感していたという。

 生コン製造協同組合の青年部の役職に就いていた林社長は、全国同業の付き合いも活発にこなしてきた。その活動のなかで知己を得た業者が、ベトナム進出することを耳にした。ベトナム現地に飛び、視察も行なった。結論として「ベトナムに生コン製造工場を立ち上げよう」という心境に至った。2010年8月からは、自らベトナム語の勉強も始め出した。たいしたものである。この決断と実行力の早さは――。
 ところが、年明け2011年3月11日に東日本大震災が起きた。

<震災3週間後、被災現場に飛ぶ>
 1996年1月の神戸大震災のときにも、林社長は現地に飛んだ経歴がある。東日本大震災の状況が概ね判別できるようになった発生3週間後に、岩手県に直行した。まず被災地区・釜石皮切りに、気仙沼・南三陸町・石巻・名取(仙台飛行場の場所)を車で走り回って被害状況を目撃した。南三陸町の光景は、まさしくこの世の地獄絵図そのものであった。「まさしくこれは何!!」と絶句するしかなかった。この町のある病院は3階建てで、3階まで津波が押し寄せてきた。ベッドに縛られていた老人患者がいたそうだが、この人はベッドごと流されていったそうだ。
 石巻では、高台にある神社から眺めるとゴミの山、破壊尽くされた住宅街、陸に押し上げられた船舶等々、南三陸町と同様のまさしく現世の地獄の再現であった。名取に着くと、海水が引かない田んぼの壊滅状況を目の当たりにした。この一帯は、名田で評判のところである。仙台空港は、滑走路、ターミナルとも津波に襲われて使用不能になっていた。これらの惨状を見るにつけ、林社長は「いかに人間が豊かな社会を築いても、自然のパワーの前には儚いもの」と虚しさを覚えた。
 しかし、くじけさせられても、ここから『立ち上がる、闘争心を抱く気概』が尋常でない。「我が会社の行く末のことをどうのこうのと考えていたことが、恥ずかしくなった」と反省する同氏の内心から、使命感が沸騰し始めた。
 「社会インフラの充実に貢献するのが生コン業と自負してきた。この東北の東海岸の震災の惨状に向き合って、『よーし、この復興に命をかけて全力投球する』と思わない方がおかしい」と決心した林社長である。

(つづく)

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<COMPANY INFORMATION>
野方菱光(株)
代 表:林 宗一
所在地:福岡市西区大字飯盛425-1
設 立:1978年5月
資本金:4,030万円


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