<沖縄は植民地ではない>
――辺野古移設反対は、なぜ「オール沖縄」の要求なのですか。
仲里利信氏(以下、仲里) 県内移設というと、基地は戦争につながるものだし、戦争を体験した者としては、私はあのようなあわれな苦労を子や孫に二度と体験させたくないと常々思っていた。ウチナー(沖縄)は、植民地ではない。69年間、迫害されている。国際的著名人が基地建設反対を支持し、「軍事植民地だ」と声明を発表した。この声は、世界に広がっていく。
普天間基地の閉鎖、辺野古移設反対、オスプレイ配備撤回を求める沖縄の運動は、保革を超えた島ぐるみのオール沖縄の運動だ。そのきっかけは、2007年の集団自決をめぐる高校歴史教科書への検定意見撤回を求めた県民大会だ。
高校歴史教科書検定で、沖縄戦の集団自決が「日本軍の軍命によって行われた」という記述に対し、「軍命によって」を削除するように検定意見がついた。全市町村が抗議し、県議会も全会一致で撤回を求める意見書を採択した。
22団体で実行委員会をつくり、247の共催団体が開催した。わずか1カ月余りの取り組みにもかかわらず、11万人が集まり、祖国復帰後の県民大会史上空前の規模になった。保守も革新もない、本当の保革を超えた集会だった。私は、実行委員会参加団体のみんなに、これを契機に今後、県民の立場、県民に軸足を置いた問題では、主義主張を超えて、集まる体制をとりましょうと話した。それが、オスプレイ配備反対の県民大会につながり、普天間基地の県外移設・辺野古移設反対につながっている。
<日本政府と沖縄のアイデンティティーとの戦い>
――「オール沖縄」は崩れましたが・・・。
仲里 今回、自民党が造反したが、同じ県民同士でたたかわせるのは、分断統治、植民地支配の常套手段だ。まさに名護市長選が、その構図だ。本当は、日米政府と、沖縄のアイデンティティーのたたかいだ。
今の沖縄は、普通の状況とは違う。沖縄の将来を決する大事な時期だ。
屋良朝苗琉球政府行政主席は復帰に際して、日本政府への建議書で「従来の沖縄は余りにも国家権力や基地権力の犠牲となって利用され過ぎてきました。復帰という歴史の一大転換期にあたって、このような地位からも沖縄は脱却していかなければなりません」と表明し、「沖縄問題の重要な段階において、将来の歴史に悔いを残さないため、また歴史の証言者として、沖縄県民の要求や考え方などをここに集約し、県民を代表し、あえて建議するものであります」と述べている。
沖縄の重要な時期に、この建議書に込められた思いを肝に銘じるべきだ。
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